同業者をかばう

 もちろん、同業者である医者をかばいたいという気持ちがないと言えば嘘になりますが、悪質なものに関しては、かばうよりもむしろ、積極的に法に委ねたいと考えている医師は多いのではないでしょうか。僕らも、別にミスや事故すべてを、医者に都合良く解釈し、隠蔽し、かばいあおうとは思っていません。むしろ、已むを得ないものと、悪質なものが十把一絡げに論じられるのを苦々しく思っているのです。
 例えば、慈恵医大青戸病院の医師逮捕に関しては、多くの医者が、已むを得ないと考えました。これは、前立腺癌の患者に対し、経験のない腹腔鏡手術を、危険が伴う中、無理に行い、その結果死亡させたというものです。この手術については、病院内で承認を得ることが必要とされているのに、その内規に従わずに経験のない医師が執刀したこともあり、刑事責任を問われたのです。これについては、正規の手続きを踏まなかったことや、安全な開腹術に切り替えるチャンスが多くあったのにしなかったということで、刑事罰を科されて然るべきと、多くの医師もとらえたのです。
 今回の産婦人科医の逮捕とは、大きく状況が変わります。まるで青戸事件を彷彿とさせるような「癒着胎盤の執刀経験なし」という報道は、意識的に歪められたものとしか思えません。これはそもそも、非常に希なケースで、誰でも経験しているものではないし、術前診断も難しいものです。前立腺癌のケースのように、いくつか選択枝がある中で、功名心も手伝って新しい方法をとったというものではなく、回避不能な状態で、難しい症例にあたったということなのです。感情的に産婦人科医を責め立てる一般人の中で、その点をきちんと理解している方は、どれくらいいらっしゃるのでしょうか?
 少なくとも、青戸病院の事件に関しては「不当逮捕」を叫ぶ医師というのは、僕の知る限りではいませんでした。そして、今回のケースでは、大多数の医師が「不当逮捕」を叫ぶというのは、医者が同業者を闇雲にかばうということ以上の意味があるのです。
(補足:慈恵医大青戸病院の事件も、構造上の問題や、手術手技とは別に輸血が適切に行われなかったことなど、医師個人の責任とは言い切れない部分もあるという主張があります。報道されてはいない事件の詳細を知ることにより、青戸病院の事件も、単純に医師個人をバッシングはできないという思いに変化しつつあり、前述のような表現は適切ではないかも知れません。ただ、当時の僕の認識が、報道や世論と同様に前述の如くであったことは確かですので、原文は残しておきます。大野病院の事件は、こうした過去の事件まで含めて、冷静にいろいろと考えるきっかけとなっています。)