実名報道

<山口高専生殺害>19歳実名報道、精査し対応…杉浦法相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060908-00000041-mai-soci

 山口県周南市徳山工業高等専門学校女子学生殺害事件で殺人容疑で指名手配中の男子同級生(19)が自殺していた報道を巡り、一部の新聞やテレビ局が実名報道したことについて、杉浦正健法相は8日の閣議後会見で、「犯人の少年が死亡した後でも、少年には家族があり、表現の自由とプライバシーとの関係で問題がないとはいえないという感じもする。難しい問題だ」と指摘した。さらに「(法務省人権擁護局が)少年法の趣旨との関係で事実関係を精査しており、報告を受けたうえで対応を決めたい」と述べた。

 8日朝刊の新聞報道では、読売が容疑者の実名と顔写真を掲載。本紙と朝日、東京、日本経済の各紙は匿名で報じた。テレビでは、日本テレビテレビ朝日が実名・顔写真入り。NHK、東京放送(TBS)、フジテレビは匿名と、それぞれ判断が分かれた

週刊新潮」の実名報道に対する会長声明 - 日本弁護士連合会(2005年10月28日)
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/2005_17.html

同誌は、犯罪事実の態様や被害者の心情等との比較考量により少年法第61条違反の実名報道等も是認されうるとした2000年2月の大阪高裁判決を引用して、今回の報道を正当なものであるとしているが、他方、2000年6月の名古屋高裁判決は、少年法第61条が少年の基本的人権を保護する規定であり、一律に実名報道を禁止しているとしても報道の自由を保障した憲法第21条1項に違反しないとしている。同判決に対する最高裁判決も、大阪高裁判決のような判断を示していないのであり、大阪高裁判決に依拠して今回の報道が是認されるものではあり得ない。当連合会は、これまでも少年法第61条の精神を遵守し、少年及び関係者の人権を侵害することのないよう報道機関に要請してきたところである。今後、同様の実名報道、写真掲載がなされることがないよう、強く要望する。

 未成年の凶悪犯罪が増える昨今、名前が公表されないことで捜査の妨げになるとか、成人と同様に裁くべきだとかいう意見はあって然るべきだとは思います。しかし、法治国家において、それぞれが勝手に現行の法律を無視して動くことは問題だと思います。「法律がおかしい」と思うならば、まずはその法律を改正するように訴えかけるのが最低限のルールだと思います。もちろんそれは時間がかかることであり、現時点でおこっていることにすぐ対処することはできないかも知れませんが。でも、ルールはルールだと思います。知的レベルの高い層で、「意味のないルールを遵守することは馬鹿げている」というようなことを言う人が少なくありませんが、僕は決してそうは思いません。ルールがおかしければ、あくまで真っ当な方法でルールを変えるように動くべきです。独裁政権下でそれがかなわないという状況ではありませんし、全部が全部とは言いませんが、現代日本では、そういったことが可能なはずです。
 悪法でも法律だ、と言いながら刑に服したソクラテスや、闇市での食料を口にしなかった山口義忠判事の例は極端としても、とりあえず、少年法に絡む問題で、マスコミが堂々と法を破って良い理由は無いように思えます。
 マスコミはしかし、読者や視聴者の支持のもとそれをやっているわけです。こういった少年法に抵触する形で実名報道する姿勢を「賛成」と喜ぶ人の多いことに非常に恐れを感じます。
 少年法自体は、何らかの改正をする必要はあるとは思いますが、現時点でそれを無視する行為には全く賛成できません。マスコミという巨大な力が、自らの勝手な判断で動くのには(そして、世論がしっかりそれに追従していくのにも)、もううんざりです。

実名報道・追記

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060908#p1
 ↑このエントリに関して、マスコミ各社の見解を引用しておきます。

マスコミ各社の見解

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060908-00000095-mai-soci

 <毎日新聞の見解>
 毎日新聞は、少年法の理念を尊重し、事件発生以来、容疑者の少年を匿名で報じてきたところ、少年の死亡が確認されました。新たに重大な罪を犯すなど社会的利益を損なう危険性もなく、匿名報道を続けています。
 少年事件の報道に当たって、毎日新聞は、個別の事件ごとに多角的に取材し、法の理念を踏まえ総合的に検討して紙面化しています。従来から報道指針として、少年事件は匿名を原則としていますが、新たな犯罪が予測されるときや社会的利益の擁護が強く優先するときなどは実名で報道することもある、と定めています。
 さらに、外部の有識者が新聞のあり方を提言する第三者機関「開かれた新聞」委員会などで今回のケースを引き続き検証し、その結果を紙面で報告します。
    <報道各社の見解要旨>
実名報道
読売新聞 容疑者が死亡し、少年の更生を図る見地で氏名などの掲載を禁じている少年法の規定の対象外になったと判断。事件の凶悪さや19歳という年齢も考慮した。
日本テレビ 男子学生が遺体で発見された段階で、少年の更生を前提に規定された61条の対象外になったと判断。事件の重大性、社会性、年齢などを総合的に検討した。
テレビ朝日 指名手配されていた少年の死亡が確認されたことで、少年法が尊重する更生、保護の機会が失われたと判断。事件の重大性もかんがみた。
▽匿名報道
朝日新聞 実名で報じるケースは(1)死刑が確定して、本人の更生・社会復帰への配慮が消える場合(2)逃亡中で再犯の恐れが極めて高く、一般市民への被害が想定される場合。今回の事件はいずれにも当てはまらない。
日経新聞 7日の時点では少年法の原則を覆す明確な理由はない。
産経新聞 逃走中で凶悪な累犯が明白に予想されたり、犯人逮捕に協力する場合など「少年保護より社会利益の擁護が強く優先する特殊な場合」は実名報道もあり得る。今回のケースは「特殊な場合」とは判断しがたい。
東京新聞 共同通信社の配信記事で、同社の判断を尊重した。拠点のない地域の事件であり、自社取材がなされていない。男子学生の死亡によって、少年法が保護法益とする「更生の可能性」は失われたとの判断から、実名報道に切り替えることも考えられたケースだったという意見もあり、社内でさらに検討を重ねる。
山口新聞 少年犯罪の場合、匿名を原則としている。例外としては無差別・凶悪かつ再犯の可能性がある場合のみと考える。
共同通信 少年の死亡で少年法の法的な保護対象からは外れたが、現時点で実名に切り替える積極的な理由を欠く。顔写真は入手していたが配信はしていない。
時事通信 少年の自殺報道では、家族の名誉を傷つけるケースでは匿名で扱ってきた。容疑者死亡で少年法の規定の対象外になったともいえるが、今回は容疑者が今後裁判で釈明する機会も失われており、総合的に判断した。
NHK 逃走中でも、新たな事件が引き起こされる恐れは低いなどの事情を総合的に判断した。
TBS 容疑者が死亡したといっても実名に切り替える必然性が見当たらない。
フジテレビ 総合的に判断した。
テレビ東京 19歳という年齢を考慮すると、実名報道に切り替えるかどうか議論のあるところだった。しかし、本人の死亡で事件の真相解明は困難な状況になっており、罪が確定できない段階では少年法の趣旨を尊重する結論になった。

 また、今回のマスコミ批判を「堀病院」の看護師内診問題に関連して、以下のようなトラックバックを頂きました。
http://d.hatena.ne.jp/chirin2/20060908#p3

昨今の助産師問題などで「違反」だとされたことを「警察の・・」と批判することと比べて、本質的に違うと言い切れないのではないかと思う。

 この件に関しては、実は最初のエントリで少し書き始めて、長くなってしまいそうなので、今回は、とりあえずあのエントリにとどめました。実は、僕、「大野病院事件」の時のように、堀病院の件に関しては、ほとんどコメントしていませんでした。その理由は、トラックバック元で指摘されているような理由です。今回の件は、違法かどうかは微妙な問題として、しかし、監督省庁からは「禁止」が通達されていたことであるので、開き直って「誰でもやっていることだ」と言うのはやはり問題だと思ったのです。実際に、その通達があまりにも現状にそぐわないことであるとか、内診とは本質的に関係のない死亡事例を持ち出してきた点であるとか、医師会や医会を通して厚生労働省へ通達の見直しを求めていたという事実や、あれだけの大がかりな強制捜査に対する違和感については、ネット上で他の医師たちがさんざん書いていますので、なんとなくはわかっているつもりです。
 僕も医者ですから、その言わんとすべきところはよくわかりますが、それでもなお、悪法(もしくは悪い通達)であるにせよ、それを堂々と破って良いとは言えないと考えたため、積極的に擁護するという姿勢はとりませんでした。また、助産師の数が足りないとか、実際のお産の現場というのを恥ずかしながらほとんど知りませんので、コメントを差し控えていました。
 今回の件が本当に違法かといえば、違法ではないかもしれません。通達はあくまで通達に過ぎません。避けるように通達されながら、実際には行われ続け、最終的には、法の判断としても合法であるとされたものとして、看護師による静脈注射手技などもあげられるわけです。
 大野病院の事件は、医師が意図的に法や通達を無視するという行為がないにもかかわらず、結果責任として刑事罰に問われたということで、警察の介入に強く意義を唱えました。しかし、上記のような理由で、僕自身は、堀病院を強く擁護はできません。しかし、医療の現場では、内診に限らず、ボーダーラインのはっきりしない種々の手技とか、違法黙認状態の勤務体制(これは働く医師というよりは、雇用側の違法ですが)とか、明らかに通達や法に反してはいるけれど、だからといってどうすればいいんだ、という問題が山積みです。堀病院の件も、おそらくやむを得ない現状、全国の産科における現状なのだと思います。ですから、それをマスコミや警察側のスタンスで批判することもしません。
 このあたりの気持ちがうまくまとめられなかったので、堀病院の事件はスルーしていました。やはりまだうまく気持ちをまとめられませんが、一応エントリしておきます。