「外科医として生きる」-0442-

 例えば僕のひとつ下の研修医、たかだか数ヶ月しか働いていない彼らも含めてそのほとんどが、医者をやめてやると思う瞬間があるようです。自分の科の仕事が一番忙しいと思いこんでいることが多い一般外科医の場合、それに一段階おいた「外科医やめてやる」という思いも存在するようで、大学時代のある指導医は、「選択をやりなおせるなら俺は眼科医になる」とか呟いていたことがありました。決して他科をバカにしているわけではありません。ただ、緊急手術だとか重症度だとか、そういうことを考えた時に、勤務条件として、いわゆるマイナー科が眩しく見える瞬間があることは否定しません。

 僕はこの仕事が大好きなはずなんですが、時に何故こんなに辛い思いをしてまで医者やってなきゃいけないのかと思う瞬間があるのです。有給をとって旅行にでもいってくれば気がかわるきっかけをつかめるのかも知れませんが、それはかなわぬ夢。指導医に怒鳴りつけられたりして嫌な思いをした次の瞬間に、しかしその先輩医師と一緒に手術をしなけりゃいけないわけです。

 大学を離れて半年が経過し、周囲に友人が住んでいるわけでもないこの環境で、しかし病院内には見知った顔の人々が行き交い、時にかっこわるいと思いつつも、愚痴のような、弱音のような話をこぼしてしまうこともあります。先日も、レントゲン室の技師さんと雑談を交わしている中で、かつて僕と同じように、2年目の研修医の身分でこの病院にやってきた先輩たちが、どんなことで怒られていたとか、こんな身のかわし方をしていたとか、「医者やめてやる」と呟いていたとか、そんな話題が僕を慰めてくれるのでした。

 昨日は急性膵炎、今日はガス壊疽、あんまり受け持ったことのない症例がたて続き、文献を引っ張り出して治療法を検討してみるのです。僕は僕なりの根拠を持って、治療について話し合いをする、まさにその相手は、時に僕が怒りを買ってしまう指導医だったりするわけです。

 病棟のほぼ全ての患者さんに対して、直接的な指示を出すのは僕であって、時に激しく叱責されたりしながらも、次の瞬間には医師対医師として討論できる機会があり、僕がなんらかの指示を出して患者さんの治療に関わっている、その充実感は得難いものです。結果として夜中の緊急手術になったり、かなりのハードワークになったりしたとしても、もの凄く晴れ晴れとした気持ちになれる時があるのです。それはたとえ5時に帰宅できたとしても、上司の命令とか機械的作業とか書類書きなんかを、ただただこなしただけの時には決して感じることの無いものです。

 きっと僕はこの仕事が大好きなんだと思います。もう少し頑張れると思うのでした。