テーマ日記4〜医者の雇用条件

 働いている僕らですら混乱することは多いのだから、一般の目からみたら医者がどういう雇用体制で働いているのか、実にわかりにくいと思います。とりあえず、働いている病院とはなんらかの契約をしていて、その病院の常勤職員であるか、嘱託などの非常勤医師であるか、あるいはたんなるバイトとしての契約であるか、だと思います。大学から偉い先生が週に1回やって来るなんているのはおそらくバイト契約。大学などでは、無給で働くような場合も存在します。大学院生が外来や病棟を手伝ったり、大学の外の一般病院に勤務している医師が、大学で外来をやっている場合など、大学からバイト契約をしているというのはほとんどききません。なんだかわからない医者が、適当に好きな病院で契約無しに働けるわけでもないので、逆に、大学で臨床をするにあたり、研修登録医のような手続きをし、逆にお金を払って働くという摩訶不思議な状態もまかり通っているのです。おそらく、医療職以外の方は、この時点で理解不能なのではないでしょうか。研修医に払う金が無いということだけクローズアップされていましたが、別に給料もらってないのは研修医に限った話ではなかったのです。

 平成16年度から、医師の卒後研修が義務化されたため、従来のように、すぐに大学の「医局」に入ることは無くなりました。最初の2年間の研修が終わった時点で、自由に就職先が選べるようになります。もちろん、その時点で大学医局に入局という道もあるわけです。実際、古くからの研修病院も含め、研修期間が終了したあと、常勤医としてその病院に残れるというところは多くありません。そんなに毎年たくさんの医者が辞めていくわけではありませんから、新しい医者を無尽蔵には雇えないのです。

 いままで、医局というところそれに対してどんなことをしていたのでしょうか。おおむね大学医局は関連病院というものを持っています。これは、会社でいうところの本社、支社というきちんと繋がった関係ではなく、ある病院のある診療科において、その常勤医枠いくつかを、大学医局からの医者のために常に開けておくので、医局は必ず派遣してください、という双方の約束事です。ある大学がある病院をまるまるかかえるということは少なく、ある病院の何科は何大学、といった関係がほとんどです。また、人数の多い診療科の場合、複数の大学から派遣されている場合もあります。この場合、大学や別の関連病院から新しい病院にうつる場合、派遣社員のような契約で行くのかというとそんなことはなく、単に前の職場に辞表を出して、新しい病院に就職するだけの話です。特に、医局とは関係なくその病院に就職する場合とかわりありません。

 個々の病院が自前で適切な人材を補充するのが難しいので、医局という大きな組織の中で、ある程度バランスよく関連病院に医者を派遣するということをしています。関連病院にとっては、医者が安定供給されるし、大学医局にとっては、医局員の職場の確保という双方のメリットがあったため、今まで動いてきました。

 一般病院の中には、一つの医療法人がいくつかのグループ病院を形成しているようなところもあって、そういうところでは、自前で研修医をとって、自前の医者が教育し、自前で育てて、安定した医療を供給するということも可能でしょうが、ほとんどの場合、単独の病院で一定の医者を確保し続けるのは難しいと思います。若い医者は、場合によってはいくつかの病院を渡り歩いて様々な症例を学ぶことも必要でしょうし、医者が真の意味で一人前になるためには相当長い年月がかかります。2年の研修期間で独り立ちするわけではないので、常に上級医から後輩への指導というのが必要になります。

 医局という場所に人材が集中し、関連病院まで含めた人事など、権力が教授に集中しやすいとして、近年批判の的になりましたが、この医局人事が破綻すると、真っ先に困るのは田舎の病院です。田舎の常勤医の少ない病院は、人材確保が悩みの種です。かといって、新聞が言うように「若い情熱的な医者」がすぐに行けばいいというものではありません。その病院に適切な指導者がいるのなら話は別ですが、医者は長い年月、すぐに指導を仰げる指導医の存在を要します。そうすると、そういった田舎の、その医療圏をかかえるような重責に堪えられる医師は、それなりに経験を積んだ医者ということになります。

 自分のかわりがいない状態で、常に待機状態であるというのは、そうとうなストレスになります。もちろん、崇高な理念を胸に、僻地での医療に従事する医者がいないわけではありませんが、これを数少ない医者に負わせるのは酷です。また、医者も自分の生活があるわけで、都会で働きたい人が多いのが現実です。そういう要素をあわせると、自前で医者を育てられない、自前で医者をなかなか確保できない田舎の病院は、常に医者が足りない状態です。

 医局人事は、田舎への人材派遣という意味では優れたシステムです。もちろん、その田舎の病院に就職するわけですが、医局人事で動く以上は、一生そこで働くということではなくて、何年かその病院で働けば、次は希望に添った病院に勤務できるだろうという期待のもとに、医局の医者が勤務します。仮にその医者が音を上げたとしても、病院にとっては、医局にマネージメントしてもらい、欠員がでないようにするというメリットがあります。

 また、そうやって医局人事の中を異動し続ける場合、多くの病院で、別の常勤医もまた自分の医局の先輩です。ある病院で2年間研修して終わりという関係ではなくて、医局という巨大な組織の中での先輩−後輩の関係が続くため、継続して指導を受けやすいということがあります。どこか知らない病院の研修医ではなくて、自分の医局の何年目の医者でどの病院まわってきたなら、この程度はできるかな、というのがわかりやすいということがあるし、今後何度か異動するうちに、いずれまた一緒に働くかも知れない相手に対して、それなりの指導をするということになります。

 現時点で、医局廃止が叫ばれる中、医局のこういった役割にかわるシステムが完成していないのが現状です。義務である2年間の研修で大学病院以外が選ばれる傾向にあるのを、一部メディアは「医局離れ」と表現しましたが、正確ではありません。僕は義務研修の一期生が研修を終える平成18年、結局どこかの医局に入局する人が多いのではないかと思います。そこ以外に、生涯にわたって就職先に困らない人材派遣システムがないのです。

 病院が独自に医者を確保するのは非常に難しいようです。また、現状では、医局人事外にいる人で、きちんとした能力を有する人というのは少数派で、何らかの事情で医局にいられなくなったような人もまだまだ多いとききます。高額の手数料をとって医者の人材派遣をする会社もありますが、それによって適切な人材派遣がなされているとは言えないようです。

 今後の課題としては、見切り発車の感が強い現行の研修システムをもっときちんと練って、義務の2年間が、単にスタートを2年遅らせることにならないようにすることがあげられます。専門外の疾患を親切心から診て、何かあればすぐ訴えられる昨今、たかだか数ヶ月外科研修した眼科医が、虫垂炎の患者を診ないと思いますし、全科研修には考える点がたくさんあります。いまの形の全科研修をするのであれば、例えば医学部4年生の時点で、全国試験の後、ステューデントドクターのような資格を明確化し、現在の臨床実習を、今の研修医が行っているような内容まで引き上げるようなことはできないでしょうか。

 また、僕は外科ストレート研修を受けた人間ですが、ある程度、自分が「専門だ」と思える領域をしっかり勉強した上で、他科研修を行うほうが魅力的だと思います。特に、外科や内科は最初から全身疾患を診ていく領域であり、眼科などの特殊な領域をのぞけば、単独研修でも全身に対応できる力を身につけていくことができます。最初のうちは、コロコロ研修の場をかえるのではなく、しっかりと一カ所で学んだ上で、不得手な領域を学ぶほうが効率的だし、指導者も指導しやすい気がします。例えば、消化器中心に学んだ僕が、医者4年目というこの時期に、例え一ヶ月でも循環器科へ研修へ行くのは非常に勉強になると思います。

 ある程度、専門のベースがないと、その研修医にどこまでやらせていいのかわかりにくいです。患者さんへの検査の指示や点滴の指示、もちろん指導医がチェックするという前提で、研修医にオーダーしてもらう、ある程度の責任を与えることで学ぶ部分は大きいと思うのですが、確たるプログラムもない見切り発車の研修システムで、何ヶ月かいろんな科を転々としてきた研修医が外科にやってきて、その力が未知数なのです。その時点で、なんらかのプログラムに従って研修を終え「採血はきちんとできる」とか「抗生物質をきちんと扱える」とかいうことがわかっていれば、また違うのですが。

 ちなみに、研修医の雇用形態は、それぞれの研修プログラムによって異なりますが、勤務する病院に雇われるという点では、他と同様だと思います。僕が研修医の時は、国立大学病院の医員(研修医)という、日雇いの国家公務員でした。4月から働いていましたが、採用は6月1日付で、最初の給料は7月にもらいました。9時から5時の勤務で計算された日給で、時間外などの手当はゼロ。

 研修医の扱いが良くなったのかどうなのかわかりませんが、研修医の労働時間を短縮したところで、その業務を行う人材が別にいるわけではないので、その分、僕ら若い医者にしわ寄せがきています。かつてのように、同じ場所にずっといてくれる研修医もいなくなったので、半年くらいみっちり教えて、そろそろ採血や点滴はまかせられるというような段階をふんでいたのが、研修義務化以降は、いつも新顔がやってくるのでうまくまわりません。結局、研修医を終わったばかりの若い医者が、いままでの研修医の雑務も含めて抱え、さらに研修医への直接の指導の役割も担うという状況になっているところが多いようです。臨床の場ですから、最優先は臨床であるし、なかなか難しいところです。