ネバーランド

ネバーランド (集英社文庫)

ネバーランド (集英社文庫)

 恩田作品全般的に、他作品とのプロットの類似性だとか、若い男の子たちの描写が綺麗すぎるとか、諸々の否定的意見があることは知っていますが、僕にとっては自然にすっと入り込んでくる作品です。
 まあ、この作品に限らず、青春小説的なものにやられちゃうのは、多数派の人々が感じるであろう郷愁によるものじゃなくて、僕の場合、リアルタイムにネバーランドに存在しているつもりであり、半ば本気でそこに生き続けようと思っているからなんだろうと思う。精神的未熟さなのか、文字通りピーターパンシンドロームなのか。いずれにせよいい大人が公然と吐くべき言葉じゃないような気もするけれど。

 人生は多様だといいながら、所詮僕も「結婚して子を産み育て、次の世代へ何かしらを渡していく」というプロトタイプを勝手に組み立てていて、自分がおそらくそこには乗っからないことをしっかりと自覚しながら、かといって別の向上心に充ち満ちたストーリーを広げられるわけでもないのです。

 そこそこに望んだ仕事をして、そこそこにお金をもらい、適度に休みがもらえたら、あとすべきはネバーランドをたゆたうこと。いまだに大学にいるというのは、ネバーランドにどっぷり浸かるには非常に都合のよいことで、次から次へと入れ替わっていく学生たちと繋がりつつ、ピーターパンとは違って残酷に重ねられる肉体的な年齢は受け入れながら、いまだ、十代や二十代前半の若者たちと楽器を掻き鳴らしたり、酒を酌み交わしたりしている。また、「音楽」ってのがネバーランドに沈没するのに格好なんだな。

 医学部は6年もあって、4年で走り抜けていく他学部に比べると人の入れ替わりが緩やかなのと、学生自体が、中高3年ずつというペースから急に6年間一貫という長い区切りの中に属することで、社会人という遠い先をなんとなく感じながら、大学生活という人生で最も楽しいかもしれない時期にはまりこんでいくんだ。浪人生やら留年生、あるいは学士入学など、そもそもの年齢がぐちゃぐちゃのちょっとしたカオスの中から、まだ何年も在学期間を残す学生のうち一人か二人くらい仲良くなれる学生を見つけることができると、自動的にその周辺に交友関係が広がっていって、年が変わればさらに若い後輩と巡り会う。

 実際、僕が今もたまに演ってるバンドのメンバーは、学部も学年もバラバラで、一番若いメンバーはまだ学部生だ。

 バンドメンバーの正確な学年差も正直よくわかっていない。バンドのドラマーの結婚式で、挨拶を頼まれた時、「大学のサークルが一緒で」なんて紹介を受けたけれど、彼とは大学時代に同じサークルで繋がっていたという事実は厳密にはなくて、卒業後になんとなくつるんでバーでジャズ演ったりしたのがきっかけなんだよな。学生時代の交流なんかより、圧倒的に医者になってからのつきあいが長い。

 お互いにどれくらいの学年差なのかということなどよくわからない感じで、でもまあ、邪魔ではない感じで存在していることには成功しているんじゃないだろうか。そもそも僕が学生の時にも、ジャズ研や軽音の部室に、OBやらなにやら出入りしていたし。先日は、学生たちの夏合宿の一部にうっかり参加しちゃった。

 僕だけ延々とネバーランドにいるわけにもいかないんだけれど、普通の学生たちはあっさりと修業年限を駆け抜けていくだけだと思うので、現状は非常に楽しいんだけれど、あと何年くらいここをたゆたえるんだろうとは思うのだ。ずっとぬるい感じでみんなつるんで酒とか呑んでられたらいいなあ。

 諸々僕の私的な事情を詳しく知ってもらっている友人夫妻の家に、割と頻繁に集って呑んだりしてるんだけれど、そこもまあネバーランドの一つかも知れない。集う人々とはぬるくつきあっていけることを信じているけれど、ただ、そこに子どもが生まれて、育っていくさまというのは、やはり淀んだネバーランドではなくて、これから育ちゆくワンダーランドなんだろうな。そのほうがいいに決まってるもんな。

夜のピクニック (新潮文庫)

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