「パーソナルスペース」-0126-

 パーソナルスペースという概念があります。人が侵されたくないと考える領域のことで、心理的なものばかりでなく、目に見える領域としても確かに存在するのです。他人に接していなくても、自分の中で守りたい領域に他者が入ることに息苦しさを覚えたことはないですか。満員電車なんかは別枠で、ああいった特別な空間では、自分を空間と同一のものにして、モノの一部になってしまっているのです。

 大好きな人がパーソナルスペースの中にあると嬉しく感じます。気心の知れた人がパーソナルスペースにある状態は、あまり気にならないかもしれません。ただ、それが会社の仲間であったり、あるいは級友であったりしながら、実はあまり好意を抱いていない相手であるとき、体の接触を避けるに留まらず、人は自分のパーソナルスペースを守ろうとするのです。もちろん、面識のない相手がパーソナルスペースを侵して留まるのも本能的に歓迎しません。一日のうち、相当な回数、お互いのパーソナルスペースを通過してはいるのでしょうが。

 意味も無く集まって大騒ぎするような機会は、ある意味好きなのですが、必要以上に、無為に、ただただ群れる状態はあまり好きではないのです。「衆人は同じて和せず」なんて遙か昔に偉そうなオヤジが言ったその気持ちも分からんではないのです。「君子は和して同ぜず」なのです。

 なんなんでしょうね。時々現状がとても鬱陶しくなることがあります。それは単に自分のわがままであることも多く、後で反省することも多々。パーソナルスペースをひたすら守りたくなる時は、独りの時間が楽しくて、究極的には、電話もネットも嫌うのです。そうかと思えば人のパーソナルスペースにずかずか踏み込んで、無理矢理相手を自分のパーソナルスペースへ引き込んだりもしたりします。

 偉そうに恋愛の相談にのったりしながら、こと自分に及ぶと満足に相手出来なかったりする点で全く成長は見られず、ある時は遠距離恋愛なんて簡単だと言ってみたり、それでいて目と鼻の先に住んでいても自分のパーソナルスペースを死守し続けるのです。

 今日からポリクリは病理。病理解剖も早速一件見学しました。