「フランス・トルコ旅行記2」-0416-

 4/6(金)、どうも今回の旅の同行者はあんまり自分を強く主張をするタイプではなく、旅行についてこれといって希望は言わないのでした。のんびりと住むようにフランスを楽しむということを望む風でも無かったので、ミーハー的にエッフェル塔に登るとか、今年の6月には取り壊される予定の、コンコルド広場のミレニアム記念の観覧車に乗るとか、そういうことをすすめてみたのでした。

 僕はエッフェル塔には一度登ったことがあったので本気でどうでも良かったのですが、まあとりあえずエッフェル塔へ向かい、混んでいるエレベーターを避け、20フラン払って階段で展望台まで昇りました。階段を昇って疲れた僕は、観光地価格は我慢して、エッフェル塔の展望台内のカフェで、最近日本でも人気だとか言うフランス名物「クロック・ムッシュ」で軽い昼食をとり、コンコルド広場の観覧車へ向かいました。

 それは、日本の観覧車のように、ゆっくり回っていてその場で乗り降りするものではなく、高速で回転させながらたまに止めて客を一部入れ替えるというよくわからない方式でした。別段混んでいたわけでもなかったので、係員も気を利かせてくれてもよさそうなのに、前に並んでいた英語を話すカップルと、我々二人は、多少別にすることを主張するも4人で一緒に乗せられてしまい、なんとなく微妙なムードの中、パリを展望するのでした。

 夜は最初生ガキを食べようと思ったのですが、時期も微妙なのと、たまたま品切れだったことから、エスカルゴをソースで調理したものとサーモンを食べ、フランスの最後の晩餐としたのでした。同行者は食事は普通にとり、ビールも人一倍飲んでいたものの、何となく体調にかげりを見せていたのでした。

 4/7(土)、朝早く起きてホテルの朝食を慌ただしくとり、シャルル・ド・ゴール空港からエールフランス機で数時間、イスタンブールへ向かいます。フランスは春のバカンスの到来という時期で、トルコへバカンスで移動するパリジャンたちで一杯でした。イスタンブールでの宿は、ヨーロッパサイド、新市街のタクシム広場にほど近いラマルティンというホテルで、4つ星らしいのですが、シャワーのホースや良くはずれたり、洗面台の排水がすぐいかれたり、微妙な高級感が漂うのでした。

 到着日の為替レートは、1US$がおよそ117万トルコリラで、面倒なのでトルコリラから0をみっつとったら日本円という感覚で行くことにしました。トルコは年間65%というすさまじいインフレで、毎日レートがかわるらしいので、とりあえず50$しか両替しなかったのですが、絨毯を買いに行くとか、高そうなレストランに入るとかいうことをしない僕には、そのお金もなかなか減ることが無いのでした。

 同行者はホテルに着くなりとりあえず休むと言い、まだサマータイムの夕方で、明るいイスタンブールを一刻も早く味わいたい僕は、少々悪いかなとは思いつつも、賑やかなタクシム広場のほうへ足を向けるのでした。他覚的にそれほど切迫したような体調不良では無かったし、まあ、大丈夫だろうとは思いました。ちなみに同行者は大学の同級生で、仮にも医学士の学位を持つわけで、少なくとも素人では無いので、ある程度の自己管理はしてもらえるだろうとも思ったのです。まあ一応、水などを買い込み、早めにホテルに戻りました。

 とりあえず食欲はあるようですが、咳はひどくなっていました。ある程度大きなホテルだったので、フロントにきけば咳止めくらいもらえるだろうとも思ったのですが、とりあえず持参の解熱剤で大丈夫だと言うので様子を見つつ、トルコ初日は、早めに食事をとって寝ることにしました。ドネル・ケバブと呼ばれる、肉の固まりを回転させながら焼き、こそぎ落として食べるトルコ料理があるのですが、それをパンに挟んだものを買って歩きながら食べ、まあ、まだ数日あるからと、最初の晩餐はそれで終わりでした。まだ相場が分からないときに買ったこれは、100万リラだったのですが、その一画は観光客が多いために高めの並びで、もっと引っ込んだところには40〜60万リラくらいのケバブチ(ケバブ屋)が並んでいたので、いきなりふっかけられたようですが、まあ、仕方がないでしょう。