「異状死体」-0461-

 回診後の指示出しやら、ケモ(化学療法)患者の点滴刺しやらしているところへ、院内PHSで「交通事故で心肺停止の患者さんが来ます」との連絡が入り、あわてて救急外来へ移動、その直後に搬送されてきた患者さんは特に外傷は無い様子だが意識は全く無く、呼吸もしていないのでした。ただちに気管内挿管し、心臓マッサージを開始、末梢静脈ラインを確保して、強心剤を開始するのと平行して、脳神経外科と内科の医師へ応援を依頼したのでした。蘇生に反応する様子はみられず、やっと連絡のついた妻の前で、死亡確認をしたのです。

 死亡確認後、妻の同意のもと頭部および胸腹部のCTを施行したところ、やはり明らかな外傷無く、動脈の石灰化などの所見から、心筋梗塞による発作で、意識を失ったのち、交通事故となったと考えたのでした。僕が死亡を確認した時刻が死亡時刻となるのだけれど、本当はいつから死んでいたのか、病院に来たときには、いや、もしくは救急車がかけつけたときには既に命と呼べるものはなかったのではないか、と、いつも煮え切らない思いの中で死亡時刻を記録するのです。この死亡時刻が、法律とか保険とか、いろんなことが絡むともの凄い重大事項になることもあるのです。今回のケースも、もちろん所轄警察に連絡をとって判断を仰いだわけですが、刑事課と交通課でああだこうだ言い合った末、「司法解剖」という手段がとられることになったのです。一緒に診察などしてくださった内科部長の先生も、司法解剖は経験が無いと言うのでした。

 医師法21条に「医師は,死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定されており、これが「異状死体の届出義務」と呼ばれます。その後、警察が犯罪に関係があるか、犯罪の疑いがあると判断した場合、司法解剖を行うことになります。

 僕の住む地域にはその制度は無いのですが、東京都23区や大阪市などには監察医制度というものがあります。「異常死体」ではあるが、犯罪には関係がなさそうなもので、死因を明確にするために解剖を行うものです。監察医制度が無い地域では、監察医制度に準じて解剖をする場合も稀にはあるそうですが、非常に少ないときいています。

 また、そういう法制度からは離れた、死因特定手段としては、「病理解剖」という制度が存在します。これは、医療機関から遺族に対して、解剖させてほしいという依頼のもとに行われます。遺族の同意が無ければ解剖出来ません。一方、遺族から頼んで行うことも可能ですが、病理解剖を行わなかったからといって、法的に責任が生じるものではありません。

 この異常死の定義とか、保険金の支払いなど、もめることが多いようです。今回も、交通課からは当初、「病理解剖」を積極的に依頼するという方向でいきたいという話をされていたのですが、突然刑事課のおそらく偉い人からの一声で、司法解剖で行くということになったのでした。この時点で、ご遺体は僕の手から完全に離れ、警察の管轄になったのでした。人の生き死にを扱うというのはつくづく大変なことだと思うのでした。

 遅れて直腸の手術に参加し、その後は僕の執刀でアッペ(Appendectomy=虫垂切除術)。今回のアッペは開腹した真下にアッペ(Appendix=虫垂)があったこともあり、スムーズに流れ、約30分。もちろん前立ちにベテランの先生がいてくれるわけだけど、だいぶ自分で手術をしているような気になってきたのです。

 人の死に携わっていたり、病状の悪化した患者さんを診ていたり、真夜中の電話に起こされてみたり、自由のきかない生活に落ち込むこともあるけれど、やっぱり手術は楽しいのです。 とても寒くて、朝起きるのにはつらい季節になってきましたが、なんとかもう少し頑張ってみようと思うのでした。