「嘘つき救急車」-0466-

 駆け込みでやって来られるよりは、事前に電話の一本でも入れておいてくれたほうがいろいろと助かるのです。いざというときに専門科の医師を呼んだり、三次救急の病院に搬送したりするのに一時間はかかるという田舎の病院ならなおさらなんです。

 ただ、この病院事務を介した情報っていうのは、たいてい歪んでいることが多いのです。実際は患者さんがやって来るまでわからないんです。「ちょっと唇の下を切った人が来るので診てください」なんて駆けつけると、耳から血を出していて、CT撮ったら下顎骨がバキバキ折れていたりして、形成外科へ搬送してみたり、「転んで手を怪我した人」の手首は太い木の枝で貫かれていて、即座に整形外科医をコールしてみたりするのです。

 あるいは、他医からの紹介というのもくせ者で、一度医者が診たからといって、その診断は当てにならないことも多いのです。本当はそんなことあってはいけないんだろうけれど、妙に自信を持った診断が返って間違っていたりもします。鼠径ヘルニア嵌頓の触れ込みで、是非外科の先生にみてもらいと送られてきたやって来た精巣上体炎の患者さんは、泌尿器科へ入院して頂いたし、お腹が痛ければ虫垂炎疑いで、中には「穿孔疑い」なんて派手な文句をつけて、実のところ腸炎だろうが、上気道炎だろうが、なんでもかんでも外科へ送り込んでくる医者もいます。

 さて、あんまり状況のつかめない交通事故なんかでは、救急隊員からの情報がかなり重要になってきます。一人じゃ対応できない状態かも知れないし、脳外科医とか整形外科医が必要なのか、外科医がもう一人必要なのか、とりあえず意識はあるのか、現場が見えないのがもどかしいのです。「とりあえず意識はあります」の意識はピンキリで、救急車から降りて歩ける人もいれば、無いに等しい意識状態の人までいるのです。

 まあ、すべては人間のやることだし、時には医学的素人の情報が噛むこともあって、伝言ゲームのように情報は歪むのですが、某旧帝国大学附属病院で働く後輩研修医が、どれくらい脚色されているのかよくわからないのですが、次のような話を語ってくれたのでした。

 あるとき、あまりにも情報よりも容態の悪い患者が頻回に送られてくることに対して、受け入れ側の医師が、救急隊員に「もっと正確に情報を伝えて欲しい」と言ったところ「本当のことを言ったら受け入れてくれないじゃないか」と怒ったように答えたのだとか。その場にいた誰も、それに反論できなかったのだと言います。

 より良い医療を。