「ドン・キホーテ」-0511-

 世の中の、「一見親切に思えること」ってのは本当にたちが悪いと思うのです。本当の親切は、往々にしてお節介にとられたり、苦言となって避けられたりするというのは、別に医療に限った事じゃなくて、誰でも経験していることだと思うのです。風邪をひいて熱を出した人に、解熱剤が場合によっては原疾患を悪化させることがあるようなことを延々と説明して結局薬を出さない医者よりも、「大変ですね。お薬だしましょう」って、ホイホイ薬を出しまくる医者のほうが好まれるというケースも、こんな図式にあてはまるのだと思います。

 総合ディスカウントチェーンのドン・キホーテが、六本木や渋谷など都内10店舗で、急な腹痛などで緊急性の高い客に、一晩分の医薬品を無償提供するサービスを始めました。薬剤師は店舗に常駐せず、テレビ電話システムで薬剤師が相談にのったうえで店員が手渡すというものです。当初有料サービスだったものに、厚生労働省や東京都から「薬事法違反の恐れがある」と指摘されていたため、無償提供に切り替えたということです。問題は有料か無料かということではなくて。

 僕ら医者は、夜中お腹が痛いという患者に、痛いんだから痛み止めを出すというわけではないのです。一見すると、すぐ痛み止めを使うのは親切なことであるし、夜中に薬局で薬がもらえたら便利に思えるかも知れません。ただ、それはその痛みの原因を全く考えていない行為です。多くの人が、風邪のときの発熱の意味を全く考えないような日本では、とても便利で親切なシステムです。ドン・キホーテは弱い消費者の味方で、厚生労働省は規則規則で縛ろうとする、醜い役人の典型なんでしょう。

 ただ、役人だってバカじゃないし、医者は病気のプロです。医者によって当然腕に差はあるけれど、一般人よりは病気を知っています。僕ら医者も、夜中にちょっとお腹が痛くなったときに、正露丸飲んだり、風邪で熱が出たときに、「病気が長引くことを覚悟の上で」解熱剤使って仕事したりしているわけですが、「緊急性の高い客」っていうのは、そういうのではないわけですよね。

 胃腸薬とか簡単な置き薬は、多くの家にあると思います。まあ、正露丸飲んで治るような、ちょっとした食べ過ぎとかそういう原因の腹痛であれば、家に薬が無かった人が、ドン・キホーテに駆け込んで、簡単な薬をもらうのは構わないけれど、そういう人は、薬を飲む飲まないにかかわらず、ちょっと放っておけば治るんだと思います。「緊急性の高い客」が行くべきは病院だと思います。

 もちろん、ちょっとした症状に対して市販薬を使う人がいてくれることが、既にパンク状態の日本の救急医療体制をなんとか動かしているのは事実で、何でもかんでも時間構わず受診する「コンビニ受診」がとても困るのだということも、再三主張してきました。ただ、同様に何度も主張しているように、僕らは、時間外だろうが何だろうが、真に救急の患者を診ることは、それが時に自分の時間を削ることになろうとも厭わないのです。それくらいは覚悟して職業選択したのです。実際は、そういうこと以外に自分の時間を奪われ、ほぼ24時間オンコール状態におかれてしまったりするので、ストレスとなるわけです。

 場合によっては即入院の判断が下されたり、あるいは緊急手術となったり、その重症度は必ずしも自覚症状と一致しないし、一言に腹痛といっても、その原因は様々です。「腹痛」というあまりにありふれたような表現が、一般の人にはその重症度を想像させにくいものですが、僕らが救急患者の診察で、一番怖いのは、こういう一見ありふれた症状です。腹痛、胸痛、頭痛。その原因として考えられる疾患は星の数ほどあるし、何かの検査で、はっきりとした数字で結果がでるわけではないのです。僕らが職人芸をみせなくてはならない瞬間。たかだか3年目という、ペーペーの外科医の僕でも、腹を触って、ある程度緊急度を推測できるのです。技術の差はあれ、僕らはプロです。

 そういう裏側を全部無視して、表面だけざっとみて、一見消費者の味方を気取ったり、それを後押しするような発言をする無責任な政治家がいたりするのです。その一方で、例えばそういう制度のせいで手遅れになってから病院に来るような人が増えたとして、その最終的な受け皿の医療機関は相変わらずバッシングの対象のままなのです。

 無論、昼間も僕らは適当に薬を買いにいけるわけだから、夜、薬を手に入れる方法ができるというのは別に構わないし、あくまで自己責任において、自分の症状にあわせた薬を手に入れても構わないと思います。ただ、テレビ電話という発想には違和感があるし、薬剤師のアドバイスといっても、薬剤師が患者の状態をちゃんと診られるわけではないのです。彼らは薬の専門家で、薬については、僕ら医者の何十倍もの知識を持っていると思いますが、腹痛の患者の腹痛の原因を判断するトレーニングは受けていないはずです。

 テレビ電話については、「遠隔医療といって、医者はそういうことをするのに、なんで薬剤師はダメなんだ」と主張しているということですが、テレビ電話で腹痛の患者を診察する医者を、僕は知りません。

【参考リンク】
 ネット上には医師や医学生がテキストを綴っているサイトが多くありまして、僕もいろいろ勉強させてもらっています。今回のテーマは、既に多くのサイトで語られたことで、僕の表現はその焼き直しに過ぎないのですが、どうしても言及したいテーマでしたので、書かせて頂きました。いつも僕に多くの知見を与えてくれるサイトへ感謝の意を込めて、ここにURLをご紹介致します。

「Half-Boiled days...」の9/2、9/3、9/6分
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/4254/up-date/record-new.html

「いやしのつえ」のDoctor's Ink(73)
http://www5f.biglobe.ne.jp/~iyatsue/donky.htm

「ちりんの部屋」の最北医学生の日常9/11分
http://www006.upp.so-net.ne.jp/chirin/