「ポテトはいかが?」-0551-

 ハンバーガー20個頼んでも、「こちらでお召し上がりですか?」なんてきかれればなんか腹立たしいじゃないですか。

 クリニカルパスとか、EBMとか、もうきっちりかっきり決めるのは良いことも多いんだろうけど、病院がファーストフード店と一緒でどうするのだろう、と思うのです。医療なんて、永遠に発展途上なわけだし、相手は生身の人間で、片面1分焼けば絶対に焼けるハンバーグを扱うわけじゃないんです。

 僕も必要以上の衝突は避けて生きていきたいし、わざわざ喧嘩はしたくないけれど、仕事はかっちりやりますよ。

 今日、脊椎麻酔をかけた患者さんが、多少気分不快を訴えたのです。腰椎に針を刺し、麻酔薬を投入する方法では、体のどの部分まで麻酔がかかるか個人差が大きいのです。手術台を傾けたりしていくらかの調節は可能ですが、基本的に、アルコール綿などで冷たさを感じる場所を確認することで、初めて麻酔域が確認できるのです。

 手術部位に十分麻酔がかかることが第一ですが、あまり上半身にまで麻酔が及べば、当然呼吸苦があらわれたり、循環への影響があらわれたりもします。今日の患者さんは、少しのどの違和感を訴えたものの、当初、酸素飽和度や心拍数、血圧などのバイタルサインに変化は無く、「息苦しい感じなどはありますか」という再三の問いにも「そういうことはない」とはっきり答えるので、「麻酔が広くきいているので、呼吸などに多少影響がでていますが、酸素の状態なども正常ですので、じゅうぶんリラックスなさって下さい」というようなことを告げ、準備のできた執刀医たちが、執刀を始めたのです。

 そこへ執刀開始時のマニュアルだと思うのですが、僕と患者のやりとりをきいていないわけでもないだろうに、間髪入れず「気持ち悪いですか? 息苦しいですか?」とかたたみかけるのです。

 だいたい、手術台に横たわっている人間なんてだいたい不安で、「痛いか?」ときかれれば痛いような気もするものです。「痛くないですね?」と「痛くないですか?」は精神に与える影響を考えると、全く別の質問です。かといって、そういう声掛けをせずに放置せよというわけではないのです。ケースバイケース。いままさに確認をして、おそらく少し感じているだろう気分不快に対し、麻酔域を確認した上で、「麻酔の影響が少しでているけれど心配ないですよ」と安心させたところに、そのやりとりを無視するかのように、「息苦しいですか?」とか言うのです。今息苦しかったんだよ。だからそれを説明して安心させたんだよ。

 さすがに、「ちょっと患者さん刺激しないで」と一言言わずにはいられませんでした。看護婦さんがむっとしたのは僕もわかったし、あとでなんとなく僕の話を看護婦さん同士でしていたのも感じましたが、僕はなあなあで仕事をするつもりは無いし、みんなプロとして医療に従事しているのだから、少しは頭を使ってほしいのです。しかも、その対応が不満だったら、直接僕に言えばいいのに、どうやら麻酔科部長に不満をぶつけたらしく、後で確認されたので、僕は事情を説明し、バカみたいなマニュアル対応がどうにかならないのか、と尋ねてみました。

 僕は今の病院に、1月から3月の3ヶ月限定で麻酔科の研修にきていて、いわばお客さんです。職員として採用されていないので、保険証も給料ももらっていないし、外科医が麻酔科という他科の門を叩いてやってきている状態で、僕も麻酔科医も看護婦さんたちも、外科3年目の麻酔科研修生がどこまで何をやっていいのかわかっていない状態です。だけど、そのお客さんの位置にちょこんと座っているだけというつもりはないのです。僕は僕なりの、お客さんなりの責任があるのです。

 幸いなことに、麻酔科の先生たちにはよくして頂いて、最初の月から挿管も腰椎麻酔もいやというほどやらせて頂き、2ヶ月目には、硬膜外麻酔も刺させてもらって、いろんな症例の麻酔管理にあたらせていただいてます。その好意への恩返しは、ただへらへらと笑って、おかしなことに目をつぶって、誰とも衝突せずに過ごすことではなくて、ダメなことはダメという行為だと信じています。

 僕もよけいな衝突は避けたいので、そういうこと全部黙ってれば楽だとも思うのですけれど、僕なりにスジを通して生きていきたいのです。