2004/1/21(水)「外科医の傲慢」

 僕はジェネラリスト(スペシャリスト=専門家の対義語)になりたくて外科を選びました。外科医は多かれ少なかれ、全身を診るのだとか、最も幅広く診療するのだという自負を持って生きていると思います。そのプライドは重要、というか、激務故、そんなプライドでももっていないとやってられないというのが正直なところかも知れません。何にしても、後で専門に振り分けるとしても、プライマリ・ケアとして、どんな患者でも診られますというスタンスを持ち続けるためには、容易に「専門外です」とは言わないことが必要だし、それは往々にして、激務を求められる行為でもあるのです。

 ただ、外科医はそれと同時に、どうも他科をバカにしたようなところがあるのではないか、とも思うのです。僕らは内科的な診察をした上で必要ならば手術をするけれど、内科は手術ができないし、僕らは必要にせまられれば麻酔も自前でかけて手術をするけれど、麻酔科医は決して術野に手を出すことはないとか、僕らは眼のことなんてほとんどわからないけれど、眼しかみない眼科医よりは患者を助けることができるとか、そういうことを外科医は一度は思うはずだし、そういう思いのまま働いている外科医も多いかも知れません。

 そういう姿勢は、きっと態度となってあらわれるはずで、僕自身も、あれは傲慢な態度だったな、と激しく後悔するようなことを、たかだか3年目の医者にして何度も何度も経験しました。でも、いまならまだ、小生意気な若造として、他科の医者からも傲慢さを怒ってもらえるかも知れません。これが十年目とかになると、お互いの風通しは悪くなるだろうと思うのです。今年、ICU(集中治療部)に半年、麻酔科に3ヶ月お世話になることによって、僕ははじめて外科の外の世界を知りました。そして僕は十年目の医者じゃなくて、3年目のペーペーであるが故に、他科の医者の本音をきくことができるし、僕は僕で、外科医としての僕の本音をぶつけることもできたのです。実際、先輩外科医が、直接言えばいいのにというような他科への文句を医局でぶちまけるのをみることもあるし、そういうことが他科でも同様であるということを知ったのです。

 正直外科手術の布の向こうの麻酔器のことなんてどうでも良かったし、麻酔科が何をしているのかなんて知らなかったのです。外科に比べて勤務時間の短い麻酔科を羨みながら、しかし、外科手術のメインステージにたっているというプライドだけで長時間の手術に耐えていたのです。まあ、現に科によって仕事のきつさも拘束時間も、プライベートのあり方も全く違うのですが、それはあたり前の話。しかしそれぞれ診療科は必要だから存在するのだし、他の医療スタッフもみんな大切な存在なのです。冷静に考えれば、僕らがどうあがいても、専門にそれを扱う人々にはかなわないということはみなわかっているのでしょうけれど。そういういろんなことを、現在、期間限定ながら、麻酔科医の立場になってみて初めて理解するのです。

 最初、ICU6ヶ月、大学の外科病棟半年、麻酔科研修3ヶ月という1年間に対して、不安を感じた部分もあったのです。僕は外科医として、可能ならばずっと術野に手を出していたかったのです。ただやはり、世界を知らないということは恐ろしいことで、一旦術野を違う視点でのぞいてみると、例えば僕の後輩の外科医のちょっとしたしぐさが鼻につくようなことがあったのです。いままで何とも思わなかったのは、僕が外科側しか知らない人間だったからに過ぎず、ちょっと前まで、僕はきっと鼻につくどころか、場合によってはひどく腹立たせる行為をしていたに違いないと恥じ入るのです。十年目の医者になる前に、それに気付けて良かったです。

 そんなことを思いながら、僕は毎日気管内挿管をして、患者さんの頭側で、麻酔ガス調節しながら、心電図と血圧を睨めっこしているのです。その合間に背伸びして術野をのぞき込み、4月から再び舞い戻るであろう外科医生活に備えるのです。