平成二十二年

 気がつけば大晦日ですね。三十歳を超えたあたりから時間の流れが体感としてあやふやで、時折今年が何年なのかよくわからなくなります。カルテ書くときに日付を確認するように、年賀状書くときに年号とか干支とか確認するというような感じです。
 そうやって時間の流れに鈍感になりながら、その一方では「年をとった」ということを言い訳にして生きている気もするのです。なんだかいろんなことが億劫になってきて、狭く閉じた世界で季節感のない生活を送ってしまっています。
 そんな淀んだ時間の流れの中で、突然家を買ったというのは一つの彩りではありました。今の居所からは離れた場所に、特に職場をかえる目処をつけたわけでもなく家を買うということのために、借金を背負う意味があったのかどうかは正直よく分かりません。
 かつての恩師に、「チャンスがあれば身一つですぐ動けるように、根をはらずに身軽でいなさい」なんて言われたのがとても印象深く、そうしたことを具現化したかのように、親しい人々がその能力とチャンスを生かして国内外あちこちに飛んでいくのを目の当たりにもしていました。それなのに逆に根を張るように動いているのに矛盾を感じなくもないのですが、まあ、現在生活する場所に根をはってしまうのでは無く、新天地へ動く方向へ別の根をはる準備をしているというのが、前向きといえば前向きかも知れません。
 僕がかつてから何度と無く綴ってきた「東京志向」に違和感を感じている方は少なくないようです。それは当然といえば当然で、僕自身がもっとも違和感を感じていたりもするのです。なんというか、僕の御し難い事情にひっぱられた故の東京志向という結果なのです。田舎には選択肢とか多様な価値観というものがなかなか無くて、それ故に多数派として生きられない人にとっては苦痛を感じてしまいます。狭く閉じた世界で季節感のない生活を送る現状とは志向が矛盾するのですが、僕はある程度たくさんの価値観の中で生きていきたいと考えているのです。田舎の暖かさというのは、その価値観に馴染める人の話であって、その地域のマジョリティとして生きていける人が享受できるものだと思っています。そうした価値観の中で異質と判断されてしまう人々にとっては、多様な価値観が存在しうる都会に住むことしか選択肢が残されていないような気がするのです。そうした意味で、僕の終の棲家は都会に置くということをずっと考えていました。現在働いている地域は、既に実家よりも長い時間生活をしている場所であり、いろんな縁が築かれてきてはいるのですが、それでも終の棲家とはなり得ないと考えていたのです。
 まあ、親の薦めだとかいろんな事情が背景にあるわけですが、都内に家を持つこととなりました。こうして家を買うことがなければ、僕は結局一生東京に出ていくことが無いまま終わったのではないかという思いがあります。医局を辞めたわけでもなく、職場をうつしたわけでもなく、現時点で東京へ出ていっていないので、家を買ったところで東京に出ないまま終わるという可能性も無きにしもあらずですが。今までの状況よりは、東京に出ていく動機付けがしやすくはなりました。
 医師の偏在だとか適正配置だとか叫んでいる方々には、苦虫を噛みつぶしたような顔で、「これだから最近の医師の都会志向は…」なんて言われてしまうかも知れませんが、正直なところ、僕は僕のことが一番大切ですし、将来的に好きなところに住みたいと思っています。ただしかし、医局を辞めて東京で働くという選択肢が、今までよりも具体性を持っていつでも実現可能にセッティングされたことで、そちらについてはむしろ慌てなくてもよいとも思えてきました。そんな中で、大学医局人事の動きは、東京移住とはどちらかというと真逆の方向に進んでいるような感じでもあって、まあ平たくいうと、また本拠地に帰ることになるのかな、と。まだ不確定要素が多いのでなんとも言えませんが。
 先日はほぼ丸十年ぶりに弓をひきました。煩悩の数だけ弓をひくという学生たちの年末の行事に混ぜてもらい、最後の八射だけご一緒させてもらいました。学生たちとの酒席とかこうした触れあいというのは本当に心の底から楽しいのですが、その精神的反動が年々ひどくなっています。季節感が無く、時間が淀んだ僕の眼前に、突然煌びやかな四季と瑞々しい時の流れを見せ付けられたことへの戸惑いとでも言うのでしょうか。精神的に大学から卒業できないまま、肉体的な齢だけ刻んできてしまったことに改めて気付かされるというか。
 今年はなんとなく停滞した年でしたが、そんなこんなで年が明けてからは僕の身辺に少し動きがありそうです。
 本年いろいろとお付き合い下さいました方々に、この場を借りて御礼申し上げます。サイトはなんか長くやりすぎてしまったせいでサイトバレも甚だしいということもあってなんとなく更新に心が向かない状態で、相変わらずの放置プレーですが、また気が向いた時になにかしら綴りますので、お暇な時に覗いて頂ければ幸いに存じます。
 幸い本日は休日を頂きました。友人宅で年を越そうと思います。皆様もよいお年をお迎え下さい。それでは、また来年お目にかかりましょう。