死に際して後悔すること

 来年度も大学に残ることに決まりました。研修医の奴隷労働によって上級医が休む時間をつくるというシステムは正しくないけれども、研修医を大事にするために、上級医がかつて研修医の仕事とされたことをそのまま持ち越しているというのもまあ、破綻すべきシステムです。
 相変わらず休みは満足にとれず、2回ほど過労故か倒れて手術日に欠勤。満足な回復も待たずにだるさを引きずったまま勤務。日常勤務でいっぱいいっぱいのところに、やれ論文を書け学会へ行け研修医の学術的指導もせよと激が飛びます。崇高な理念に別に間違いは無いし、理想を具現化するスーパーマン医師も別に間違っていません。ただ、善意と理念、奉仕と自己犠牲にのみ支えられたシステムというのは長続きしません。
 年末の疾患グループの忘年会で、ある研修医が「体力が無くて最後は力尽きてしまった。今後もっと体力をつけたい」という挨拶をしていました。まあ、その研修医は確かに体力はあまりないのかも知れません。しかしながら、要求されている労働環境が酷すぎるのであって、せめて週末普通に休んだりできる環境であれば、体力が無いなりに自己管理のしようもあろうと思うのです。
 僕の挨拶の段で、「偉大な先人達が外科学を切り開いてきたこと、この場におられる先輩方が、自己犠牲と奉仕の精神で、文字通り寝る間も惜しんで臨床に研究に取り組んできたことは尊敬に値します。しかしながら、外科に興味があり、人並みに仕事もできるにも関わらず、『体力が無い』なんて言わなくてはいけないような研修医を出して、昔ながらの滅私奉公的システムを改善しようとも思わずに、ただただ外科離れを嘆いているような現状は愚かしいことだと思います。僕の世代のやるべきことは、根本的にシステムを見つめ直して、それこそ少しばかり体力が無くてもそれはそれで働けるような外科の労働環境を整備することだと確信しています。それが出来なければ、この業界に未来は無いと思います。現状、特に大学にいると、外科の仕事以外に自分の時間をつくることが非常に難しいです。僕にとって友人と会う約束がし難いというのは何物にもかえがたい苦痛です。また、広い世界の外科や医療以外の様々なことに触れるというのは非常に大切なことで、人と会ったり、世界をみたり、医学医療以外の本を読んだりという時間、何もしない休息の時間、休みの日に休むことに気をつかわなくていいような環境というのは、医師自身の心の健康のためにも重要なことです。教授のおっしゃるように『人生は一度』だからこそ、僕は病院だけに時間を使いたくはありません」という思いを述べました。直属の上司は、封建社会と滅私奉公を実践し続けているようなタイプで、教授も同席する会でこんなことを朗々と語る僕のことをどう思っているのかは分かりません。
 教授はそれを受けて「全くその通りだと思うよ。世界を知ることは大切。でもね、睡眠時間四時間でも本を読む時間はつくれるんよ」と。そういうことを言っているんじゃないんだけどな、と、毎回肩透かしを食うのです。
 2012年02月01日 ガーディアンに、死に際して後悔すること、"Top five regrets of the dying"という記事が掲載されました。

Top five regrets of the dying

http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2012/feb/01/top-five-regrets-of-the-dying
死に際して最も後悔する5つのこと
1. I wish I'd had the courage to live a life true to myself, not the life others expected of me.
他人が自分に期待するような人生ではなくて、自分自身に正直な人生を送りたかった。

2. I wish I hadn't worked so hard.
あんなに働かなければよかった。

3. I wish I'd had the courage to express my feelings.
自分の気持ちを素直に表現すればよかった。

4. I wish I had stayed in touch with my friends.
もっと友達付き合いをしておけばよかった。

5. I wish that I had let myself be happier.
もっと自分自身を幸せにするべきだった。

 死に際する以前に、僕が日々考えていることばかりです。医師という仕事は嫌いでは無いけれども、僕の人生の時間全てを捧げることだとは思っていません。
 前々から、自分の進むべき道を模索しながら、結局は大学医局というところから離れることなくずっと過ごしています。しかし、僕も三十代後半という時期に入り、人生の折り返しということを意識することが増えてくる度に、「5つの後悔」をしたくないという思いも強くなり続けています。
 もう一年の大学勤務を区切りに、自分の時間を返してもらうことを強く意識しています。病院以外の場所でいろいろやりたいこともあるけれども、僕の体は一つであり、人生も一度きり。その選択がもしかすると後悔を伴うものであるかも知れませんが、後悔を伴わないような選択は本当の選択ではないなんて言った人もいましたっけ。
 ガーディアンの記事が、日々悶々とする僕の思いとあまりにもリンクしたので、久々に綴ってみました。