小児の解熱剤

 先日、とある病院で当直中に、16歳くらいの子が熱を出しているので診てほしいという問い合わせがありました。どうやら、県外からあるスポーツの試合のために遠征に来ているようでした。僕らは基本的に受診依頼を断る術を持ちませんので、受診は可能である旨を伝えます。ただ、来院した後で、検査や投薬の内容が限られていることや、専門の医師がいないことに怒り出すような人が少なくないので、なるべくあらかじめ伝えるようにしています。
 16歳を小児と捉えるかどうかは微妙な線引きですが、まあ、一応小児とくくってもよい年齢でしょう。体格にもよりますが、僕は薬の処方において、そのあたりを線引きにしています。また、電話で母親らしき人が訴えるところによると、ただ発熱しているだけでこれといった症状は無いようでしたので、「年齢を考えると、薬は処方しないかも知れません」と伝えると、それに怒りだしたのです。
 母親らしき相手の「なぜ薬を出さないのだ」という問いに、「もちろん診察の様子によりますが、単に熱を下げるだけということであれば、小児の場合、かえって副作用などのリスクのほうが高くなることが多いので、積極的に強い解熱剤を処方することはない」と答えました。問い合わせは深夜でしたし、わざわざ診察のために出てくるより、水分をしっかりとって早く休むほうが効果的だという思いがあったための説明でした。
 すると、相手は「とにかく熱が出ているのだから、きちんと検査して原因を探して、治すのが医者の仕事でしょう」と叫び出すので、「ですから、もちろん来て頂ければ診察は致します。夜間ですので昼間と全く同じ検査をするのは不可能ですけれど、可能な範囲で診察し、薬が必要かどうかの判断はそれからです。必ずしも薬を出すのが良いわけではありません」と答えたのですが、ほとんどきいてもらえず、「明日は大切な試合があるのだから、すぐなんとかしてもらえないと困る。その病院で検査できないのだったら、一体どこへ行けばいいんですか?」とわめきちらし、突然「もういいです」といって一方的に電話を切られてしまいました。
 その日僕が当直していた地域は、どちらかというと僻地に近い地域ですので、僕の当直していた病院に限らず、高度先進医療を期待されても難しいと思います。第一、そういう必要性のある患者であれば、遠方でもなんとか搬送先を探します。結局診察していないのではっきりしたことは言えませんが、このケースは恐らくゆっくり寝ていれば治るような類のもので、体が大事なら試合を休むしかないし、機械じゃあるまいし、「すぐ完璧に治せ」と言われてもどうしようもありません。すぐ精密検査、薬と叫ぶのも意味のないことで、普段健康な若い人が、しかも普段からスポーツをしているような健康体が、たまたま熱を出したからと言ってどうなるものでもないはずなのです。また、とにかく病名を付けてもらいたがる人も多いですが、正直、なんだかよくわからない発熱というのは非常に多いし、とくに軽い病気は、少なからず原因がわからないまま治っていきます。まあ、保険請求のため、適当な保険病名は付けますけれど。
 小児に対して強い解熱剤を要求する親というのは非常に多く、いくら危険性を説明しても聴く耳を持たない相手に対して、それでも自分の専門性を大切にするのがよいのか、面倒だから適当に処方してしまうのがよいのか、悩ましいところです。いずれにせよ、アスピリンやNSAIDs(医療関係者以外の方は、そういう種類の薬があるんだと思ってください)を処方することは絶対に避けたいので、必要に応じて、比較的安全に使えるアセトアミノフェンを出すことはありますが、それも生後間もない子には出したくない薬だと思います。
 日本の医療はフリーアクセスなので、一人が突っぱねたところで、別の医者が患者さんののぞむままにホイホイ薬を出していれば意味がなくなることでもあるし、概して、例え親切心や専門的見地から処方を控えたとしても、「あの医者は薬も出さない」と言われてしまうのです。開業医は、それで患者を失いたくないという思いから、特に薬を多く処方しがちになると思います。個人病院の当直の際など、消炎鎮痛剤(ザルソロンなど)の注射や、抗生剤の処方など、なるべく患者さんの求めに応じるように言われることも少なくありません。
 解熱剤って実際のところ、どうなんでしょうか。個人的には、本当に解熱剤の処方が必要なケースって、ほとんど無いのではないかと考えています。でもまあ、それが一時的なものであったとしても、その時楽になるのは確かなんですよね。かえって原疾患を長引かせると言っても、そもそも原疾患がたいしたものじゃなければ、長引いたところでほとんど問題になりませんし。一時期、成人への解熱剤投与もかなり控えめにしていた時期があったのですが、最近は、外来での押し問答にも疲れて、相当気軽に処方してしまっています。どうなんでしょうか。
 最初の話に戻りますが、恐らく、結局受診しなかった患児の親は、「全くひどい医者だ」といった感想を抱いているに違いありません。そうした感情を抱かせてしまったのはこちらの不徳かとも思うし、あくまでも病気を抱えた弱者に対して、こちらが耐えなくてはいけない部分は多いと思うので、反省点はあるのでしょう。正直、こういったやりとりがあるとどっと疲れるし、しばらく引きずっていろいろ思い悩むのです。そんな嫌な思いをするくらいだったら、最初から適当に診て、適当に薬でもなんでも出してしまえば楽なんだろうとも思います。
 ただ、こういった方に対して疑問に思うのは、自分や自分の身内がこれから身を預けようとする医者に対して、声を荒げたりすることが、何かプラスになると思っているのだろうか、ということです。今まさに喧嘩した相手に診てもらいたいのでしょうか。今回は受診しませんでしたが、散々自分の要求を叫び続けて、根負けして出した薬や、技師さんを呼び出して行った検査に勝ち誇る患者さんもいます。僕らはその受診の求めを断る術をもちませんので。
 また、今回、最初に電話で薬のことなど一切触れず、まず来て貰えばよかったのかも知れませんが、診察の上で、結局薬はのまないほうが良いという結論に達したり、患者の親が求める検査に対応できないという説明をした時に、揉めなかったかどうかは不明です。
 僕のスタンスは、わざわざ問い合わせを入れるのだから、極力相手の情報を得て、こちらの状況も説明しておこうというものなのですが、これがそもそも間違いなんですかね、どうなんでしょう。診察を渋っているようにとられてしまうのかも知れません。
 正直、自分の中に厄介事を避けたいという気持ちが少なからずあるのです。医者として、困っている人を助けたいという気持ちもまた、きちんと持っているからこそこの仕事を続けているのですが、それと相反するような気持ちが自分の中に同居しているのです。どうも、萎縮医療に偏りつつある気もしています。救急外来での思いについては、以前書いたことがありました。
http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060315#p3

 例えば、僕は夜間原則レントゲンも撮れないような個人病院にも、緊急のCTまで対応できるある程度大きな病院にも当直する機会があります。明らかに整復の必要な骨折とか、頭部外傷の状態の問い合わせがあれば、検査や専門的治療の対応できない病院でそれを引き受けるのはあまり賢くないやり方だと思います。

 ですから、僕はあらかじめ問い合わせがあるものに対しては、自分のいる病院でどの程度の検査ができるのか、入院のベッドがあいているか否か、自分の専門について伝えた上で、受診を決めてもらうようにしています。

 専門ということを、実質的にはほとんど理解してくれないことが多いし、最近では、施設による、あるいは診察時間による体制の差ということを無視し、「いつでも、どこでも、全く同じ最高の医療」を求めてやって来る人が多すぎるのです。救急外来では、あくまで「応急処置」であると説明するのですが、そこで全てを解決しようとする人が多すぎます。かくして、1週間前にぶつけたところが、なんとなくずっと痛いという人が、急激に痛みが強くなったというわけでもなく、夜中に「心配だからレントゲンを撮ってくれ」とやって来たりするのです。

 振り分けについても、時間的ロスを気にしないのであれば、一度来て貰った上で、対応できる範囲内での検査を行い、搬送というのでもいいのですが、時間外診療で困るのは、一端診療を行った上で、すぐに検査や搬送が必要かどうかがグレーゾーンの場合です。例を挙げれば、高齢者の頭部外傷とか、症状の強い腹痛とか。典型的な症状を呈さなくても、緊急性の高い疾患が隠れていることが多いものです。

 逃げ、なのかなあ。