「内視鏡とアニサキス」-0430-

 火曜日のお仕事は胃カメラから始まります。病棟の術後患者さんの様子とかざっとみて、動脈血採血とか酸素濃度の指示を出したその足で向かうのは内視鏡室。回診の前に組まれた検査のいくつかは、僕のお仕事なのです。

 大学にいた間は胃カメラを握ったことなんてほとんど無く、まるで手探りの状態で始まった新しいお仕事は、しかし内視鏡のエキスパートがかならず横に立っていてくださるので、とりあえずは一安心なのでした。正確には、もはや胃カメラではなくて、ファイバースコープなのですが、とにかくその長い管状の物体は、なかなか僕の思うとおりには動いてくれず、時に正常胃粘膜に吸引痕をつくってしまうのです。

 テレビゲームの戦闘機の動きにあわせて体を左右に動かす子供のように、ファイバーを持った僕はあちこちへ体をよじるのです。その動きを、技師さんとか看護師さんたちは、毎週のように見守っていてくれるわけで、いつか彼らが僕を安心してみていることが出来るようにしたいものだと思うわけです。

 いつもより一時間半くらい遅れて行う回診は、メンバーこそ違うものの滞りなく行われ、いつものようにカルテを書いたり指示を出したりしているうちに、時計はお昼を知らせるのです。僕らが毎日食べているお弁当は、病院正面の寿司屋兼定食屋みたいなところから届られるのですが、だいたいいつも得体の知れない食べ物を含む不思議な弁当なのです。そしてそういう得体の知れぬものに限って、大量仕入れなのか、すこしずつ形を変えたり変えなかったりしながら、やたらと続いて弁当箱に収まっているのです。いつも次の日の献立がなんとなく予想できるというのは、まるで残り物を使い回す家庭料理のようでもあります。

 火曜日は手術日ではないため、午後に検査を組んだりもします。今日はIVH(中心静脈栄養)2件。1件目は、こちらの病院に来てから一番手こずり、1時間くらいかけてようやく挿入成功したのです。右の鎖骨の周りはイソジンで広く消毒して、清潔な布で覆い、鎖骨の下を圧迫しながら、局所麻酔下に、細い針で鎖骨下静脈を探し、その深さと距離を正確に記憶して、一回り太い針で本穿刺を行うという手技なのですが、解剖学的に、静脈の近くには当然動脈があったり、そこらへんを通り過ぎると胸腔に達するので気胸の危険があったりもするのです。1時間もいじくっていた間に、微妙な感覚を覚えたので、とうとうIVH気胸をつくってしまったかと非常に気になったのですが、とりあえず大丈夫なようでした。ちなみに2件目は10分足らずで挿入。入りにくい人がなんで入りにくいのかはよく分からなくて、施行者をかえるとすんなり入ることも良くあり、相性みたいなものがあるのかも知れません。すごく太っていたりする人は、純粋に入りにくいし、かなり深く穿刺しないと静脈にあたらないので、気胸をおこすのが怖かったりもするのです。X線透視下に、針を通しておいてきた外筒の中にカテーテルを通して、気管分岐部のあたりまですすめ、糸で固定すれば無事終了。記念撮影のような気分で胸部X線写真を一枚撮って、気胸の有無など調べるのです。

 2件のIVHの間に呼ばれた救急外来にやって来たのは、顔から転んで唇の下を擦りむいた2歳児。泣かずに消毒させてくれましたが、擦りむくようなけがは、そのときに結構血が出るので、慌てて病院につれてくる親は多いのですが、正直、病院に来るまでもないと思うような場合も多くあります。線引きは難しいところだと思いますが、マキロン正露丸で結構なことが解決するような気もします。

 正露丸と言えば、腹痛から虫歯まで、幅広い用途に使われる家庭薬ですが、ある医者から、これがアニサキス(サバの生食などで感染し、胃や腸壁にかみつく寄生虫)にも効くという話をきいたのです。現代医学的模範治療は、内視鏡下に寄生虫を摘出するというものですが、正露丸の成分、クレオソートは、結構な確率でアニサキスにかみつく行為をやめさせることがあるというのです。この場合、内視鏡的治療は確実には確実ですが、手軽さも含めて正露丸に軍配が上がると思うのは僕だけでしょうか。ただし、正露丸の薬効には懐疑的な報告も多いですし、そういう意味では「民間療法」レベルの話なのかも知れません。

 夕方から、膵癌疑いの患者さんとその同居人に血管造影の説明。インフォームド・コンセント(説明と同意)というのもなかなか難しいところで、世の中にはいろんな人がいて、いろんな対応をするのです。血管造影目的で入院してきた患者さんですが、血管造影の同意書は、今日のところは患者さんに預けて返事は保留ということになりました。

 疲れたのでコーラ飲んだりしてから帰宅。今日はそんな感じ。