「幻聴」-0431-

 電話の音が怖いのです。

 家に帰ってシャワー浴びはじめるとき、最初のお湯が、シャワーのホースをあがってくる音と、給湯器がお湯を作り出すカラカラ言う音が、電話の音の様にきこえることがある、という話を誰としたのかは覚えていないのですけれど、僕にだけおこることじゃなくて、彼女にもその現象はあったのです。ある意味職業病なのかも知れません。あの怖い電話の音は、どこまでも追いかけてくるのです。

 応召義務は、3日前からお腹の痛いという人がやってくる朝四時にも適応されるようで、真夜中発症の病気と全くの平等に、僕が当直中であろうが休暇中であろうが全くの平等に、僕の心拍数を一気に倍にする、あの電話のベルをならすのです。

 大学時代のある上司は、週末に、「電波の届かないところ」に出かかるのが得意だったけれど、その気持ちは痛いほどよく分かるのです。僕に24時間安息を与えず、幻聴まできかせる電話。携帯電話がやたらと普及したせいで、電話に出られない状況というのもあまり考慮されず、気短なコールで切れる電話。僕が大学の入学する頃の神器だった留守番電話は、せっかちに連絡を取りたがる人々にはあまり利用されず、僕が油断してトイレに入っていたり、あるいは風呂になんて浸かっていようものなら、執拗に短いコールが繰り返され、看護記録には「ザウエルDr.に報告するも連絡つかず!」なんて書かれちまうのです。

 僕の上司が当直のときは、一安心かというとそんなことは無くて、緊急手術にでもなろうものなら僕は第一助手として出頭するわけで、テレビコマーシャルの電話のリアルなコール音にドキドキするのです。

 あるいは、株を買えとか家を買えとかコーヒー豆の相場を読めとかいう無遠慮な電話は、状態の悪い患者さんを抱えているような時にかかってきて、一気になにかをまくしたてるのですが、最近は、前置きを遮って名前と用件を聞き、その手の電話は全て、相手の話の途中だろうがなんだろうが、強引に「興味ありません」といって即座に切るようにしているのですが、しつこいところはまたすぐにかけて来ます。

 電話の音が怖いのです。

 それでいて、友人とつながっているための有用なツールとして、携帯電話と、それによってやりとり出来るメールが活用されているのですが、かかってくる電話には全て身構えるので、知人からの電話に、時に無愛想に、あるいはいぶかしげに応答してしまうのです。みなさん時間を選んで、番号通知でかけてください。