「ブラックジャックになりたい」-0530-

 午前中は大きな川をこえて県境をまたいで、ある医院で胃カメラと外来業務。夕方からは、また川をこえて県境をまたぎ、整形外科メインの個人病院で当直業務。

 なんていうか、医局派遣というだけでついてくる信用ってのはある。僕がどこにも所属していないただの3年目の自称外科医だったら、常勤で採用してくれる病院はあっても、ふらふらと不定期にあらわれて検査をしたり当直したりということには難色をしめす病院が多いのだろう。それで土日は、大学に当直依頼が殺到し、都合が悪くて代理を頼むにも、自分の所属する医局の中でなんとか都合をつけるのに苦労していたりする。しかし、一回もあったことの無い外勤先の院長が「今日は大学から専門の先生が来てるから」なんていって、僕に診察依頼してきたりするのは、やはり不思議な感覚だ。

 医者になってからの年数とか、所属する医局だけで医者を無条件に信用するというのは危険だと思う。大学の医局にいるから、大学が能力を保証しているかと言えば、そんなこともないと思う。僕がある程度指導的役割も期待されながら研修医に接してみても、学力試験の差はあれど、実際の現場の業務という面では、ほぼ横一線でスタートしたはずなのに、この半年でその能力の差は歴然としているし、得意とするものや苦手とするものが出てくるのに十分な時期だ。

 例えば僕ら外科医3年生も、赴任した病院によって、経験症例は大きく異なる。一緒に働いたことは無いが、僕の医局の先輩で、もう医者として10年近くになるのに、大学やがんの専門病院でしか働いたことがないために、虫垂炎とか鼠径ヘルニアの手術がおそらく一人でできないだろうと話題にされている人がいた。

 そういえば、僕の同級生や先輩の中にも、巻き爪の手術なんてやったことが無いという人もいたし、胃カメラをほとんど触っていないという人もいる。外科医が切るのは癌だけじゃないし、癌の患者が苦しんでいるのは癌だけじゃない。癌の治療に関しては専門の病院が、救急対応に苦しむという話は良くきく。自分の手術患者の心臓の合併症が管理できなかったり、病院に搬送された救急車にあわてたりして、外科部長が「医者を呼んでくれ」と言ったのは決して作り話ではない、という現実。

 ことある度に、大学院へ行けと言われ、専門はどうするのかときかれる。僕の専門はまず「外科」でありたいし、ジェネラリストになりたい。まだそれができていないし、そのめどもたっていない。なのに「食道の専門家です」とか「大腸に興味があります」なんて恥ずかしくて言えない。