仕方ないのかも知れない

数日前のこと。
「意識レベルが落ちたので個室にうつしました」
と看護師が言うのである。癌の末期。経口の麻薬と消炎鎮痛剤でペインコントロール中。
しきりに
「家族呼びますか?」
ナチュラルコース(急変時に気管内挿管などの処置を行わず、自然経過で看取る)ですか?」
とかきいてくる。
それを報告されたのは、実際に個室に移してからだいぶたったあとだ。
「で、今日の朝、コンチンは飲んだの?」
「飲みました。なかなか飲み込めないんですけど」
「同じ量?」
「はい」
「飲ますんだ。意識落ちてたんでしょ?」
「はい」
「その上で、家族呼ぶとか急変とか言うの? 飲んでから意識落ちたの? 意識落ちてたのにさらに飲ませたの?」
「意識落ち始めたのは昨日からで…」
「昨日の夜も同じ量飲んだの?」
「はい、飲めたみたいですね」
「飲ませたんだ…」
その患者さんは、いわゆる癌性疼痛の状態だったのだが、腰椎の圧迫骨折などもあり、痛みの訴えの中心が整形外科的な痛みである可能性も高かった。また、疼痛コントロールの至適量を決定する段階で、経口の定時に飲む麻薬と、レスキューとして使う麻薬を用意し、経過をみているところだった。
ただし、入院時より体動時の痛みはあるものの、安静時はそうでもなく、レスキューを必要とするようでもなかったので、控えめの量で麻薬を出していたのだが、担当看護師が、
「あの人は我慢するひとなんです。痛くても痛いとは言わないんです。麻薬増やすとかなんとかしてください」
とさんざんわめくので、また少し経過をみて、本人ともよく話した上で、経口麻薬量を少し増やしてみたのだ。もちろん、至適量調整段階なので、またいつでもスムーズに減量可能なように、成分量は同じ錠剤で処方し、1錠のんでいるものを2錠にするというような処方をした。副作用について患者さんによく話し、除痛効果と副作用を見定めて減量なり増量なりを考えるつもりだった。
患者さんを診察すると、典型的な麻薬による意識レベルの低下であり、少なくともショックとかそういうことではない。放っておくと眠ってしまうが、呼びかければ容易に反応する。
看護師にも麻薬については常に説明している。
「麻薬ききすぎちゃったね。とにかく、麻薬はまた減量します。飲めなかったら飲めなかったでいいです」
というと、
「飲めなかった時の指示をください」
と。
「麻薬の飲み過ぎで意識が落ちているのだから、飲める元気が無いくらいの人に、麻薬を無理矢理飲ませる必要はないでしょう?」
このあたりの説明が、まるで素人に話しているみたいで、正直イライラする。初回はもちろん丁寧に教えるけれど、専門職であるはずの看護師たちが、いれかわりたちかわり同じようなことを言うのだ。この状態で、よく看護計画がたてられるものだと思う。
「だいたい痛がってないでしょ、少なくとも今は」
「そうですね」
「じゃあ、痛み止め飲む必要ないでしょ」
「デュロテップパッチ(麻薬を経皮的に吸収させるテープ)とかにかえてください」
「だから、麻薬の量を減らしたいの。飲めなくて、でも痛がっているのなら、別の方法を考えるけど、麻薬によって意識がうばわれて、別に今痛くもなんともない人に、なぜさらに無理矢理麻薬を吸収させるの?」
毎日のように、いろんな看護師とこういうやりとりをしている。
今日はもうひとりの主治医である部長が、家族に病状の説明をしていた。
その後で、僕にまたある看護師が、
「今日の説明で、急変時の対応はきめたんですか?」
としつこくきいてくる。第一、僕が説明したんじゃないからわかるわけがない。
「まあ、癌の末期だからね。基本的には癌で死に至る過程で、挿管したからってどうなるものでもないけど」
そして、一番言いたいことを続けた。
「だいたいさ、もちろん末期癌だから、これから急変という事態は考えられるけど、現時点での状況は、麻薬の副作用であって、生命力自体の問題じゃない。疼痛コントロールしながら、肝機能が許せば化学療法を考えている。現況として、根治的な方向へ向かうのは難しいわけだけれど、対症療法だけじゃなくて、化学療法という積極的治療法を考えている。そういう人に、なんで死ぬときの話をたった今しなくてはいけないの?」
すると看護師は
「あー、あー、あー、もういいです」
と。自分からきいてきても、こうならば、こう、という短絡化した解答をしない限り、あまり興味をしめしてもらえない。今いる職場の特徴だ。
看護師の欲しい答えは知っている。
「熱が何度以上ならなんとかいう薬を使え」
「尿が何ml以下なら点滴をいくつ追加しろ」
そういった、数字だけでわかる機械的な指示だ。
「この人はこういう状態で、当然反応熱が出るので、基本的にはクーリング(冷やすこと)だけでいいよ。ただ、その熱にともなって激しい頭痛が出ていて、本人がどうしてもというときは、この薬をつかっていいよ」
「この人は確かに尿量が少ないけれど、背景にこういう疾患があるので、極力点滴をおさえたい。血圧と腎機能が維持されていれば、今のままでいきます」
という説明をしても、ひどいときには
「だって熱出てるんですよ。下げればいいじゃないですか」
「で、利尿剤は入れないんですか」
というような感じのことを言われる。
とにかく看護師の訴えでも患者の訴えでもはいはいきいて、あまり意味のない投薬の指示を出したりしておけば、角が立たないのかも知れないけれど、それは医療でもなんでもない。
別に看護師がみんなそうだというわけではないし、好んで敵にまわしたいわけではないけれど、感情だけでものをいわれると困る。
僕にしては珍しくやたら具体的な日記を書いているけど、大丈夫だろうか。