個人情報保護

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050803-00000001-yom-soci

病院では、事件・事故で搬送された人の容体を警察にも教えず、

http://d.hatena.ne.jp/tempo_lab/20050803#p3

え、教えるべきなの?

ええと、守秘義務(刑法134条)があるから基本的に警察さんには患者さんの容体は教えていなかったんですけれども。

いや、守秘義務の解釈は、それで間違っていないと思います。僕も同様の対応です。
警察は、すぐに患者の容態とか、飲酒の有無の情報とか、まるでそれが当然であるかのように病院に問い合わせてきますが、それに気軽に応じると、いろいろやっかいなことになります。僕らが罪に問われます。個人情報保護法以前の問題で。

追記。
参考リンク。
http://plaza.umin.ac.jp/~GHDNet/98/ibshuhi.html
例えば、交通事故を起こして外来にやって来た時点で酒臭いような気がする人に対して、犯罪性とかそういうことを判断するよりも、医療行為を優先することになると思います。実際、運転していたかどうかなども、救急隊や目撃者などから間接的に情報として得られることはありますが、病院でそれを判断する術はありませんので、客観的事実としては、外傷を負った人が受診した、ということにすぎないと思います。泥酔した人の場合、病院で暴れていて、診療に応じないような人も多いですが、その場合は通報すると思います、そうでなければ、とりあえずは治療を行います。
さて、飲酒運転をしていた人が病院にやって来るという状況を想定してみてください。軽傷であれば、飲酒運転の発覚を恐れて受診を避けるか、あるいは、酔いを醒ましたあとでの受診ということになるでしょう。少しケガの程度が重かったとして、自力で病院に来られるような人は、それほど酔っていないと思われるので、外来で飲酒の判別をするのは難しいと思います。交通事故で受診した人の血中アルコール濃度が治療にかかわってくることはあまりありませんので、そういう検査をすることもありません。
おおむね、有る程度緊急での受診が必要であったり、被害者と加害者がいるような事故では、すでに救急隊や警察に連絡が行っています。この場合、患者が単独で病院にやって来るということはほとんどありません(僕の場合はまだ一度もありません)。警察が一緒に、あるいは遅れて到着することもあります。
したがって、僕のするべきは医療行為であって、犯罪かどうかの判定は、あくまで警察の役目です。その患者から事情聴取するなり、法的な根拠に基づいて証拠を押収したりするのはあくまで警察の仕事です。電話で警察から病院に問い合わせということがよくあるのですが、これは警察の怠慢であり、電話の向こうの人が誰であるかわからないのに、患者の秘密をべらべら話せません。また、警察が直接やってきたとしても、正規の手続きを踏まないで事情聴取を求められても、医者は守秘義務を優先する義務があるという考えは変わりません。もちろん、麻薬中毒者や、ある種の感染症など、届け出義務があるものに関しては、守秘義務によりません。また、虐待などの場合も通報を優先してよいという判断になっていると思います。
犯罪を隠そうとか、そういう意図はありませんが、警察や裁判所が行うべきことに、法的解釈を曲げてまで医者が手を出すことが必ずしも正義だとは思いませんので、僕は、僕なりの考えで医業にあたっています。ちなみに、正規の手続きを踏んでくだされば、協力する意志はじゅうぶんにあるので、問題ありそうな患者の検体は、しばらく検査室においてもらっています。
なお、僕の主張とは一見矛盾しているように思えますが、守秘義務と犯罪の通報のグレーゾーンに一つの答えが出た判例を紹介しておきます。ただ、このような事例の場合、僕だったら、外来での興奮状態、刺し傷というあたりを根拠に警察に介入してもらい、証拠としての薬物反応とかそのあたりは、警察主導で採取してもらったかも知れません。いずれにせよ、最高裁まで争わなくてはならなかっためんどくさい問題だったのです。

患者の覚せい剤反応、医師の通報「正当」 最高裁初判断
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20050721/K2005072103870.html

 医師が患者の尿検査をして覚せい剤の反応が出た場合、警察に通報することは守秘義務違反にあたるかどうかについて、最高裁第一小法廷(横尾和子裁判長)は「必要な治療や検査で違法な薬物を検出した場合、捜査機関への通報は正当な行為で守秘義務に違反しない」との初判断を示した。通報をきっかけに覚せい剤取締法違反の罪に問われ、無罪を主張した女性被告(26)=一、二審で懲役2年の実刑判決=の上告を棄却する決定をした。

 19日付の決定によると、被告は03年4月、知人と口論の末、腰に刺し傷を負って東京都内の病院に運ばれた。医師は治療の必要から尿を採取。被告が興奮状態にあったため薬物使用についても検査したところ、覚せい剤反応が出た。面会に来た被告の両親に告げたうえで、警察に通報した。

 刑法は医師が正当な理由なく業務上知った秘密を漏らすことを禁じている。被告側は医師について「守秘義務違反だ」と主張。「違法に提出された尿に証拠能力はない」と無罪を訴えていた。

自殺、チンピラ、暴力団、アル中…3月までいた病院の当直は、いっつもこんなの方々がたくさん受診され、よく警察に介入してもらったりもしました。現場は壮絶で、自分の身を守るのが精一杯ってのが正直なところです。警察の、正規の手段によらない情報提供依頼に応じて、患者(犯人)に刺された人も知ってますし。警察が、きちんとした証拠固めとか、正規の手続きを踏まないで、取り調べの段階で「お前を診察した医者もこう言ってるぞ」みたいなことを言っているから、ということらしいのですけど。
一度、当初偽名で受診したケンカによる外傷の患者とその関係者が、有利な診断書を強要したり、不要な入院を求めて暴れたりしてどうしようもないことがあり、他の患者にも対応できないし、正常な外来業務ができないので警察に連絡したのに、ちらっときて少し事情聴取をして、僕らの知らないうちに引き上げてしまい、そのままチンピラ一行が救急外来の待合いに居座って大変な思いをしたことがあります。再度警察に連絡したのに来てくれませんでした。後日院長名で警察に改善を要求してくれたらしく、その後は変な患者が落ち着くまでは付き添ってくれるようになりましたが。
僕の守秘義務優先の態度の根底には、こうした警察に対する微妙な心情とトラウマがあるのかも知れません。決して、法の順守者とか、そんなきれいなことではなくて。