素人

 誤解を恐れず言うと「緊急性の低い場合は時間外の受診を控えろといったって、こっちは素人なんだから、その判断のしようがないじゃないか」というのは多くの場合詭弁です。別に口に出して言う必要はないですが「時間外にすみません、ありがとう」という感覚で来て頂ければ、こちらとしても「仕方がない。不安を取り除くのも仕事のうち」と思えるのですが、権利意識を振りかざしてやってこられると閉口するというのは昨日述べた通りです。
 一通り診察をした上で、「今日はまず安静にし、痛みを取り除く治療をして、改善がないようであれば、明日以降の診察時間内に専門医を受診してください」というプロの意見を言うと、どこできいてきたのか知らない素人考えで医者を否定するような人は、概して、権利意識を振りかざしてやって来る人です。「素人では判断できない内容をプロなんだから診ろ」とやって来たはずなのに、実は自分の頭の中に素人なりの答えがあって、それにはずれると納得しないという人は多いのです。ある上司は、丁寧に説明しているのに、いちいちテレビでどう言ったとか、雑誌にこうかいてあったとか、医者の意見を否定してインチキ報道ばっかり持ち出して来るので、思わず術前説明中に「そういうこと言うのであれば、病院じゃなくて、本屋さんに行けば、たいていの病気は治りますよね」と言っていました。まあ、医療側がそういうこと言っちゃいけないのかも知れませんが。
 2002/10/28「酒とベースとアガリクス」の一部を再録しておきます。

 僕が医学しか知らなければ、健康食品だとか民間療法とかにのめり込んで、「これは癌に効くのか」とか、「この薬と一緒にのんでいいのか」とか言う問いかけをしてくる患者さんに、小馬鹿にしたような対応しかとれないかも知れないと思うのです。大学の時のある先生は、「そういうので治したかったら、病院じゃなくて、本屋に行って下さい。本屋に行けば、癌も治るし目もよくなるし、身長も伸びますよ」なんて言っていたものです。僕ら医者の認識なんてそんなもので、怪しげな治療をバカにしているのだけれど、患者さんも、そんなことは薄々感づいているのではないかと思うのです。科学しか目に映らないと言うことは、お守りを握りしめる事を否定すると言うことです。アガリクスとかプロポリスとかクロレラとかいうのもなんらかのお守りには違いないと思うのです。

 患者さんに民間療法の相談を受けたようなとき、僕はゆっくりと「僕はアガリクスというものがどんなものか知らないけれど」と話しはじめるのです。決して全否定はしないようにするのです。統計的にある割合の症例に効果が出たと認められたものが、抗癌剤として国に認められているわけで、アガリクスとか何とかそういうものたちは、そういう統計が無いか、あるいは効果の出る割合が低いのか、なんらかの理由で薬として認められていないわけです。ただ、体験談が嘘で無いとすれば、そういう効果が現れる人もいるのかも知れないし、もしくはそれと組み合わされたなんらかの要因で、癌が小さくなったのかも知れません。そんなことをゆっくりと話すのです。

 抗癌剤だって、「制癌剤」を名乗れない程度の効果しか無いわけで、100%の人に効く訳では無いし、効かなかった人にとってみれば、そんなの薬でもなんでも無いし、効いた人にとってみれば、国が認めていなくても、それは特効薬なんです。別にアガリクスを擁護するとかそういう話では無いのです。勝手な思いこみが先行した、どう考えても病状を悪化させるような民間療法が多く存在することもわかっています。だけど、最近になって、「それが本当に効くなら、医者が使ってますよ」という台詞があまりにも冷たいように思えてきたのです。短絡的に、そんな怪しげなものにお金を使うのは馬鹿げているとかいうのは、何かにすがらなくても生きていける健康な者の勝手な思いなのかも知れません。

 僕らは、新聞の広告なんかを半ばバカにしたように眺めるだけだけれど、中にはそれを真剣に見つめる人がいるのです。それに高いお金がかかったとしても、場合によっては、そうしてお金をかけたということで、なんらかの救いを得ることができるのかも知れません。その視点の違いに気付かないと、いつになっても身のある会話ができないと思うのです。

 もちろん、本当は、そんな情報が乱立することのないような、素晴らしい治療が確立するのが一番のことだと思うし、これから医者として生きていく僕らは、そんな仕事の一端を担えるに違いないと思うのです。

 無論、いい加減な情報を垂れ流したり、不安をあおるような広告をうつのはまずいと思います。今まで、薬事法などの関係で、直接的な広告をうてないために、それに関する本を出版して、その本の広告をのせるということが横行していたのですが、ようやく逮捕者がでましたし、アガリクスに関しては、制癌効果ではなく、発癌効果が認められ、回収騒ぎになりましたが。

 こうして僕は僕なりに「歩み寄り」の姿勢はみせてきたつもりなんですが。

 風邪の症状とか、ちょっとした腹痛とか、打撲、捻挫など、本当にすぐ病院にやって来る人が多いです。診察時間内ならかまいません。これも、自由に、無制限に受診できるのは医療先進国では日本くらいのものなのですけれど。ただ、真夜中にちょっとぶつけたとか言って救急外来にやって来る人はどうなんでしょうか。素人だって、自分の体のことですから、本当はそのケガがどの程度のものか判断できると思います。単に安心したいためだけに、無制限に救急外来を受診したらパンクするのです。そういう人は受診を控えてくれるという性善説に基づいた設置だからです。1日様子を見たけれど腫れがひかないとか、腹痛だけではなく高熱が出始めたとか、そういうことになれば、朝まで待たないですぐに受診しようと思うでしょうし、このあたりの判断は、素人でも医者でもさほどかわりありません。医者だって、その重症度は、症状の経過を参考に判断するのですから。
 諸外国では例えば「風邪だと思ったら自宅で3日間は安静にし、それでも改善がなかったり、熱がひかないようなら、診察時間内に受診しましょう」というようなことを国をあげて、国民に周知徹底していることが多いです。日本では建前上「いつでも受診してください」と言い続け、時間外の患者を診れば収入が入る、自分では当直しない病院管理者もまた、「何でも受けてください」と言うのです。
 そして、性善説に守られなくなった今、本当は心の奥底にしまっておきたかったことを、はっきりと言う必要にせまられた病院も出てきたということなのです。
掛川市立総合病院の「救急診療についてのお願い」
http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060101#p2