外科学会・大野病院事件

 3/29〜3/31まで東京国際フォーラムにおいて、第106回日本外科学会定期学術集会が行われていました。僕は自分の発表のある最終日のみの参加だったのですが、正直、今回の学会は、通常の臨床や基礎研究などの話題よりも、福島県立大野病院の産科医不当逮捕・起訴に絡んだ、異状死の取り扱いや、医療制度の諸問題などを取り上げた、特別企画に興味を抱きました。
 僕は参加していなかったのですが、会期2日目の3/29午後、「医療関連師の調査分析モデル事業の現況と将来」というセッションがありました。5つの演題があったうちの4つ目、弁護士であり、東京大学客員教授である児玉安司先生の「モデル事業の法的課題」の中で、大野病院の事件に触れていたようです。
 児玉先生は、大野病院の事件の経過を説明したあと、「この先生が麻酔科医のサポートもなく、このたいへんな手術を為さったご心情を思うと…」といったことを述べられていたようです。公開されている事故調査報告書によると、手術スタッフとして麻酔科専門医が関わっていたことが明記されていますので、この点で勘違いがあったようですが、いずれにせよ、問題点は同様です。児玉先生以外は、特に具体的に大野病院の事件には触れていなかったようですが、終了後の討論で、大野病院事件と絡めた議論が活発に行われていたということです。
 僕が参加した3日目は、午前中に「日本の医療制度についての諸問題−現在の保険制度の功罪と将来への展望」という特別企画のセッションがありました。医療保険混合診療が本題となっていたため、この抄録に目を通していなかったのですが、当日になって、愛媛大学医療情報部の石原謙先生の「日本の外科医は理不尽な評価に対し行動せよ−海外との比較」という演題に気付き、あわててホールを移動しました。
 全部で7つの演題と、特別発言がありました。僕は4つ目の演題の途中に滑り込んだので、その前の状況がどうなっていたのかよく分からないのですが、国と厚生労働省が、不当に安い医療報酬の設定をし、また、国民をだましながら、混合診療や、民間保険会社主導の医療へ移行しようとしているというような話題が、各分野から出されていました。
 わりとはっきりと、国や厚生労働省を批判し、また、それに絡めて、国が金を出さない中で、高度な医療が提供されているのには、世界的にみて不当に安い賃金と、劣悪な労働環境に耐えている医者たちの存在が背後にあるということを明言しました。さらに、大野病院事件について、こうして献身的に働いているところに、結果責任としての刑事罰を科すことの無意味さ、防衛医療の危惧など、ひととおり発言されていました。特に、石原謙先生の演題では外科に限らず、現在、日本の医者が直面している諸問題について直接的に触れており、WHOの評価や、国際的な医療費の比較、民間保険会社主導の医療体制の危うさなどについて発言されていました。そして、今回は外科学会だったので、外科医に対してということでしたが、本質的には全ての日本の医師に対して、その理不尽な扱いに「行動せよ」とまとめられていました。
 その他、日本医師会の松原謙二先生が、発言の最後に大野病院事件に触れ、日医がどういう立場であるのかを説明していました。抗議声明などが出遅れたことを、民主党永田議員の偽メール問題を例にあげ、事実関係がはっきりしないうちに、軽率な行動をとれば、どんなに正しいことを主張しても、揚げ足をとられることになりかねないと判断したからだと述べられていました。
 また、最後に東京大学名誉教授、南千住病院名誉院長、出月康夫先生の特別発言がありました。そこで、大野病院事件や、労働環境などについて触れ、今現在、また理不尽に医師たちが追いつめられている状況で、医師側が何らかの行動をおこさなければ、医療は崩壊する、正確に言えば、崩壊はとっくに始まっているのだと発言されました。また、かつてのインターン闘争を例にあげ、しかし、今の若い医師たちは、そういった闘い方を好まず、静かに辞めていくという方法をとっている、これでは、崩壊はとめられないのだ、と述べておられました。
 ちなみに、同じセッションの中で、厚生労働省の佐原泰之氏が、「医療技術評価と混合診療の今後の方向性」ということで、厚生労働省の立場を淡々と述べていました。前後で「厚生労働省が言っていることがこういう点でおかしい」という発表がありましたが、その点についてはノーコメントでした。大野病院事件や、医療体制の問題にも全く触れていませんでした。
 なぜか質疑応答の時間がとられなかったので、セッションはそのまま終わってしまったのですが、「ならば、いかに闘うべきか」を議論したかったです。フランスの学生の大規模デモには感動しました。やはり、理不尽なものにはきちんと力ある意志表示をしないといけないと思います。しかし、僕らは、いかに理不尽な環境におかれていたとしても、ストライキのような方法をとれば、目の前の患者さんが何人か死んでいくわけです。そうやって、理不尽な環境ながら、義務感で仕事にあたってきたのだし、そうすれば、一応病院はまわってしまうし、仕事で疲れきって、抗議の声をあげるということもなかなかできないままになり、結局、現状が維持されてきたのです。ここにきて、維持されるどころか、ますます劣悪になってきているのです。さらには、警察が出てきて、社会が、真っ当な医者を「人殺し」呼ばわりするようなことがおきるに至っているのです。
 じっと耐えていた医者たちが本気で怒っています。学術集会で、学術研究以上に、労働環境や法律の不備が熱く議論されるなんていうことは、本来、健全ではないはずです。
 ちなみに、メモなどをとっていなかったので、ここに綴った学会での発言内容などは、僕の記憶によるものです。誤解があったらすみません。大筋では間違っていないと思います。