酔っぱらい外来

 多分フィクションです、と一応言っておく。
 某巨大都市勤務時。酔っぱらって暴れている人が警官隊に担架に押しつけられながら救急搬送されてきた。本人は病院へ連れてこられたことに激怒しており、そもそも受診の意思は伝わってこない。酔っぱらって喧嘩して、頭を誰かに殴られたかどこかに強打したかしてコブができている。警察と救急隊は、とりあえず頭の検査をしろという。
 外からみる限り、処置が必要な傷も無く、酔っぱらっているとは言え、とりあえず明確な意思表示として診療を受けることを拒否しているような患者を、医師が強引に診ることが許されるのかどうかよくわからないのだけれど、「何かあったら先生が責任とれるんですか?」とか言って複数の警官が恫喝するので、とにかくCT室へ移動した。三次救急病院に、レントゲン技師一人。他にもたくさん検査待ちの人間がいる中、警官隊と共に移動し、CTの検査台に移そうとするけれど、やはり大暴れ。
「やはりこれは病院の扱う対象ではありません。警察で対応してください」
と言うと、
「この後何かあったら責任とれるんですね!」
とかまた警官に怒鳴られた。
「きちんとカルテにも記録を残した上で、医師としての専門的見解を述べさせて頂きます。まず、これだけの力で全身を動かして大暴れできる時点で、少なくとも現時点での重篤脳出血は無いと思います。とりあえずコブができてはいるようですが、それは冷やすなどの対処しかないでしょう。今後容態が変化する可能性はゼロということはありませんので、もし、激しい嘔吐や、手足のしびれ、言語障害、けいれんなどが生じるようでしたら、改めて脳外科医の専門的な診察が必要になるでしょう。CTスキャンを今行っても良いですが、本人がこれだけ明確に拒否し、大暴れしている以上検査は不可能ですし、入院して経過観察をするということも、警察で責任を持って付き添って頂くなどの対応をして頂かない限り、この病院の体制では困難です。現実的には、警察で保護して頂き、先ほど申し上げたような変化が起こった時点で、改めて病院へ相談して頂くしかありません」
頭部外傷後の注意書きを警官に手渡した。
「我々は医療の素人だから、判断のしようがないよ」
「患者さんやその家族もその多くは素人ですし、素人なりに判断して頂ける内容だと思います」
本当は、あんまり警官と喧嘩なんてしたくない。僕の名前は記録されるし、いつこの警官とまた出会うとも限らない。所轄だし。
 また別の話。
 某地方都市勤務時。スナックで酔いつぶれた客に困った店員が警察へ相談。その結果、警官が救急搬送依頼。こういうのはよくある。とりあえず救急車は絶対に来るし、どこかへ連れていってくれる。たまったものじゃないのは連れてこられる病院。
 もちろん、アルコールは度が過ぎれば命を奪うこともあり、治療が必要な場合もある。でも、極論を言えば、それだって自業自得という気はする。自分で大酒呑んで死にかけた人と、急病で死にかけている人、どちらの治療を優先するかといえば自明だ。
 こうして運ばれる人の多くは単なる泥酔者で、十中八九命に別状は無く、酔いが醒めるのを待つしかないという人の割合がほとんどだ。話しかけても刺激しても起きず、答えず、身元も何にもわからなければ、家族を呼んだりすることもできない。大抵の場合、警察は「意識が無いから」といって引き取ろうとしない。そして、油断すると置いてすぐ帰る。
「いや、どこの誰だかわからない酔っぱらいを置いて帰られても困るんですけど」
「でも、呼びかけても返事も無いし、意識も心配だから、警察ではみられない。意識が戻れば事情聴取をするし、責任をもって警察が対応するから、それまでは治療してもらわないと困る」
とりあえず、血中アルコール濃度を手っ取り早く下げるのは点滴だ。大抵の場合1リットルも点滴するうちに我にかえって、半分の人は謝り、半分の人は「何でこんなところに連れてきた」と怒る。
 深夜も深夜、いちばん迷惑な時間にやって来たその酔っぱらいは朝まで気持ちよくイビキをかいて眠り、朝ようやく目を覚ましたので警察に連絡。警官は事情聴取にやってきて、数分話すとこっそり帰っていった。すぐに電話。
「責任を持って引き受けると言いましたよね。引き取ってください」
「いや、もう事情聴取はすみましたし、特に大きな事件性も無いので、警察としてはもう用は無いんですけれど」
「病院としても、もう必要充分な医療は行ったと思いますけれど、本人は居座ってしまっているし、支払いにも応じない。まあ、支払いは我慢するとして、居座られると他の患者の治療の妨げにもなります。もうどう考えても病院の出番は終わっているわけで、約束通り警察で対応してもらわないと困ります」
「えーと、今火事がありまして、そちらにパトカーが出てしまったので、家に帰すにしても手段が無いんですよ」
「別にパトカーを使わなくても、タクシーを手配するなりなんなり、とにかくどうにかしてください」
 その後、警官が三千円持って病院へやって来て、
「あの、これで、家に帰してやってください」
とか言って逃げるように帰った。タクシー代恐喝したみたいで気持ち悪い。まあ、この方は、ゲロゲロ吐いて処置台や病室を汚した挙げ句、意識がしっかりしたあともグダグダ言って居座り、昼寝し、夕方になってようやく帰っていったらしい。医療以外の部分でバタバタするとどっと疲れる。
 いや、警察の方も本当に大変だなあと頭の下がる思いなのだけれど、少なくとも病院に押しつけるべきことでは無い気はする。

酔っぱらい搬送“お断り”…神戸の2次救急病院協

http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20071010p202.htm

 入院が必要な重症患者を受け入れる神戸市内の「第2次救急病院協議会」(53病院)が、治療不要な酔っぱらいが運ばれてきた場合、救急隊に病院外への搬送やトラブル防止のための警察官要請などを求める申し入れ書を、市消防局などに出していたことがわかった。大半の病院が医療費の踏み倒しなどの被害を受け、医師や看護師不足も深刻化しているためで、同会は「返答次第では受け入れを拒否する」と強硬な姿勢。救急医療を巡り、病院の受け入れ拒否が社会問題となる中で、異例ともいえる申し入れは議論を呼びそうだ。

 今年8月では休日や夜間に診察した1万2689人のうち、入院不要な軽症患者は約85%の1万754人。酔っぱらいも含まれ、多くは入院や手術の必要がなく、搬送先の病院で暴言を吐いたり、居座ったり。医師への暴行、タクシー代の要求など悪質なケースもある。