「お医者さんは本当はいい人なんだよ」という立ち位置

 とても真面目な人として評価されていた人が、たった一度の過ちを犯すことに対して、世間の反応というのはとても冷たい。些細なことでも、それまで積み上げた素晴らしい振る舞いが全て打ち消され、全人格を否定されてしまったりする。
 それに対して、普段あまり良い人間だと思われていない人が、気まぐれで行ったたった一つの善行に、世間の反応はしばしば過剰に暖かい。そんな些細な善行は、普通の人ならしばしば行っているというようなことでも、普段のイメージが悪すぎる人間が行うと、そのギャップもあいまって、「あの人は本当はいい人なんだよ」と勝手に良いイメージに修正してもらえたりする。
 本来の勤務時間外、夜間や休日などに患者さんの家族から病状説明を求められたり、普段自分が診ている患者さんが救急外来を受診した際に呼び出されたりすることに対して、同じ応じるにしても、それを当然のこととして行うのと、特別なこととして行うのでは印象が相当に異なる。本来ボランティア的な行いを、「当然の務めですから」なんて行っていると、いつの間にか相手はそれが当然の権利であったかのように錯覚し、たまたま駆けつけられなかった一コマを責められるかも知れない。本来休日なら遊んでいたっていいはずなのに、古典的マンガや小説の中での悪役としての医師は、「お母さんが急変で苦しんでいるのに、あなたはゴルフをしてたのね」なんて責められる。
 いつの頃からか、僕は最初の段階で、「基本的には診療時間内に病状説明を行います」とか、「時間外には当直医が対応します。時間外は検査も限られます」といった説明をするようになった。その上で、自分に過剰な負担がかからない範囲で、それまでのように休日の病状説明にも、救急外来への呼び出しにも応じた。「なんとか都合がつきましたので、ここでお時間をとらせて頂きます」、「技師に連絡がつきましたので、緊急に必要な検査だけは今どうにかしましょう」。
 ずるいんだけれど。でも、そうして「特別になんとかしてもらえた」という気持ちになって頂ければ、そんなに悪い気はしないはず。
 患者さんは、自分の体を他人に委ねるという人生の一大事なわけで、目の前の主治医を特別視し、しばしば自分だけの主治医と錯覚し、特別扱いを受けたいと思っている。その気持ちは非常によくわかるけれども、僕らにとっては、今まで診た何百人もの患者さんのうちの一人に過ぎない。プロとして、一つ一つの症例に真摯に立ち会い、ベストを尽くそうと思っている。皆にベストを尽くすのだから、誰かに対しての特別扱いということは無い。また、ベストを尽くすことと、過剰なわがままに答えることは違うとも思っている。
 ネット上の医師から「病状説明は診療時間内に行うのが当然で、緊急でない休日や夜間のそれは一切拒否すべきだ」とか言われてしまうかも知れない。でも、そういった原理主義じゃなくて、したたかに現場にあたるということが大切なんじゃないかと思っている。少なくとも、最前線で働いている医師達を嘲笑したり、「そうやって滅私奉公的に働くから医師の待遇がますます悪くなる」といって罵るというのはやめて欲しいと思っている。