帝王切開手術死で医師逮捕

帝王切開で出血死、医師逮捕
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060218it04.htm?from=top

 署は産婦人科医師を業務上過失致死と医師法(異状死体の届け出義務)違反の疑いで逮捕した。医師が届け出義務違反で逮捕されるのは異例。

 調べによると、容疑者は2004年12月17日、同県内の女性(当時29歳)の帝王切開手術を執刀した際、大量出血のある恐れを認識しながら十分な検査などをせず、胎盤を子宮からはがして大量出血で死亡させた疑い。また、医師法で定められた24時間以内の所轄警察署への届け出をしなかった疑い。胎児は無事だった。

 医療ミスは、05年になって発覚。専門医らが調査した結果、県と病院側はミスを認めて遺族に謝罪。容疑者は減給1か月の処分となった。

胎盤癒着の執刀経験なし 逮捕の医師、県が会見
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060218-00000137-kyodo-soci

 帝王切開手術で女性を死なせたとして業務上過失致死などの疑いで逮捕された医師は、胎盤癒着の執刀経験がなかったことが18日、分かった。
 これまでの署の調べで、癒着の可能性がありながら、手術には執刀医以外に産婦人科医が立ち会っていなかったことが分かっており、署は病院関係者から経緯などについて事情を聴いている。

 またかというため息とともに、いろいろ書こうかと思いましたが、「ある産婦人科医のひとりごと」に言いたいことがほぼ書かれていました。
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/02/post_1b76.html

今回の事例は、術前診断が非常に困難かつ非常にまれな癒着胎盤という疾患で、誰が執刀しても同じく母体死亡となった可能性が高かったのに、結果として母体死亡となった責任により執刀医が逮捕されたということであれば、今後、同じような条件の病院では、帝王切開を執刀すること自体が一切禁止されたと考えざるを得ません。

 もちろん、亡くなった側の悔しさはわかるんです。でも、亡くした側も相当に悔しいはず。しかも、それが「罪」だと言われてしまうというのは、本当に正しいのでしょうか。以前から、僕は医療ミスや事故を刑法で裁くことへの疑問を述べてきました。2005/6/16が初出なのですが、ある事件に関するコメントとまとめてエントリしたので、今回、分離して再掲しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060219#p2
 しかし、報道から一般人が感じるのは、「医療ミスがあり、隠そうとした医者がいた」ということだけなんでしょうね。アメリカで一昔前に言われたように、産婦人科医療は安全になったが、産婦人科医をするにはとても危険な時代になってきた、ということですよね。他科もまあ、産婦人科ほどでないにしろ、似たようなことはいろいろあります。こうして、真っ当な医療に手を出すことに怯える人が増えれば、そもそも危険な可能性のある手技には誰も手を出さなくなります。「できません」といって搬送するのが一番簡単で、訴えられない方法ですから。まだ「やります」と言っている医者がどんどん忙しくなり、その忙しさに社会が訴訟と逮捕で答えれば、最後のひとりが「できません」という日が遠くないことは想像に難くないと思うのですが。
 具体的に、医療関係者ではないある方がネット上でコメントしていた文章を、内容を変えない範囲で抜粋し、やや編集して、突っ込みをいれつつ紹介してみます。別にやましいところはないので、本当は、正々堂々とトラックバック送ってもいいのかも知れませんけれど。なんだか売り言葉に買い言葉みたいなことになってしまいそうなので。でも、最近医療バッシングに耐えられなくなってきました。日々病んでいく気がするし、リスクを背負ったり、専門外に対応するのが、正直苦手になってきています。もともと、ジェネラリストに憧れ、医療の仕事に誇りとやりがいを感じていて、いろんな患者さんを診るのを楽しんでいたはずなのに。今は正直、いろんなことが怖すぎるのです。

胎盤が子宮からはがれず、大量出血の疑いがあるにも関わらずハサミで無理矢理はがして死亡させたなんて。それも証拠隠滅の疑いもあったなんて信じられません。

無理矢理はがした、というか、はがさずを得ない状態に陥ってしまったということだと思います。これは「ある産婦人科医のひとりごと」に詳しく述べられている通りでしょう。癒着の診断が、事前につかないことも多いし、帝王切開のために、大量の輸血を用意して臨むということは一般的ではないようです。大きな病院で、常に血液のストックが、医者のヘルプがあるようなところならいざしらず、多くの中小規模病院は、ギリギリのところでやっているし、血液も無駄にならない最低限の量を、血液センターから持ってきてもらわないといけないのです。証拠隠滅の疑いとか、医師法21条(異状死体の届け出)違反とかいうのは、警察が逮捕を正当化するための、少々強引な適応という気がします。

どうしてこんなミスが起こるのでしょうか。産婦人科の専門医が一人しかいないなんて言い訳になりませんし、この医師の先生には状況判断が出来なかったのか、一人の命をどう考えているんでしょうか。

本当はこの病院も、産婦人科医自身も、もう少し産婦人科医が欲しいと思っていたのだと思います。僕も、もうこれから、産婦人科医が一人とか二人の病院はやめたほうがいいと思っています。あまりにも過剰な負担を強いられているのですから。それでも地域の要請だとか、他の病院での受け入れの数の問題とか、お産の緊急性とか、そういうことをすべてひっくるめて、現実として、少人数のハードワークでお産をまわしている施設がたくさんあるのです。でも、その努力がどうも仇で返され始めた昨今、多くの病院から産科医がどんどん撤退しているのです。そして、撤退した地域では、一人でもいいから産科医をと叫んでいるのです。そして、そこにも当然最先端の医療と最先端の安全を望むのです。理想は理想であって、現実的には、都会と僻地の医療を全く同じにすることは無理です。

この執刀医は1ヶ月の減給処分、病院長に戒告処分にしただけなんてどういうことですか。これではますます少子化になりますね。人の命を軽々しく扱う産婦人科医がいるんだし、その責任追及はあまりにも軽すぎる。

そうですね。ますます少子化になりますね。産科医がお産をとりたがりませんから、産める場所がなくなっていきますから。命に真っ正面からぶつかっても、「軽々しく扱う」なんて言われて、極悪人のような扱いを受けるかも知れないというリスクを背負って働き続けるのは辛すぎますから。そうして、社会が自分で自分のクビをしめ続けているのにそろそろ気付いてください。

病院側も経営、採算を考える前に医療行為は人の命をあずかる責任の重い職業であることを認識してください。

経営、採算を考えたら、そもそも病院に、産婦人科や小児科をおかないかも知れませんね。経営、採算も、自分の生活も相当犠牲にして、その重い責任を果たそうとしている医者がたくさんいるのです。
産婦人科不当逮捕関連一覧
http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060303#p1