「研修医も医者のうち」-0420-

 土日祝日と夜間早朝には病気になりたくないものです。四十も五十もあるベッドを、公式にはたった一人の当直医が管理できるわけもなく、結局朝から晩まで病棟に詰める研修医。もちろん公式には休日なので、もっと上の先生方は、常時病棟にいるわけではありません。何かあったとき、ゆっくりと判断できることならば携帯鳴らしてオーベン(指導医)に尋ねることもできるのでしょうが、今、目の前で苦しんでいる患者さんに対して、医療行為を制限無く行える法律上の権利を、そういえば僕ら研修医も持っているのでした。

 ナースコールで駆けつけた看護婦さん達に助けてもらいながら、僕の医療行為の権利はすぐさま義務に変わるのです。確かに常にオーベンにぴったりくっついているのも一つの学び方ですが、判断とか処置とか、自分しかする人がいない状況に置かれるというのは、これ以上ない学習の場かもしれません。そして僕らは、技術的なことや微妙な判断はさておき、その判断の根拠となるべき医学に関しては、ひととおり学んでいるはずなのです。

 僕の研修医生活は、生体臓器移植を手伝うことから始まり、今まで休日は一日たりとも無いわけで、その怒濤の生活の中であまり深く考えなかったのですが、気付けば移植後の患者さんに一番頻回に接する立場となっていたり、外勤に出た先から、救急車で患者さんの搬送の付き添い医になったりと、ちょっと間違えれば大変なことになりそうなことをやっていることに気付いたのでした。

 やはり病院が休みのある日に、診断がまだ付かないで入院していた患者さんが、突然呼吸苦と胸痛を訴え、ナースコールのボタンを押したのです。ベッドサイドの看護婦さんから「すぐ来てくれ」と呼ばれて駆けつけられる担当医はまさに僕しかいないのです。

 この患者さんは、結果としてハイパーベンチレーション(過換気症候群)という状態でした。呼吸苦を訴えた患者さんへの最初の処置としては至極真っ当な酸素マスクをはずして、そのかわりに袋をかぶせて呼気を再吸入させるだけで、不思議なくらいすみやかにケロッと治るのです。いろいろ余計な機械の準備をしながらも、10分足らずでこの患者さんの診断と的確な処置にどうやらたどり着くことができたその瞬間は、純粋に嬉しかったのです。

 初めて乗った救急車の中で、挿管セットを持って付き添った自分が、唯一の医者だと気付いた時、急変した患者さんの担当医が近くに僕しかいなかった時、激しいプレッシャーを感じながらも、この仕事を選んで良かったと思うのでした。

 気付いてみれば、もう夏も間近です。そういえばまだ一日も休みなんてもらっていないし、最初の給料も出ていないし、謎の悪心嘔気に点滴入れられてみたりもしましたが、僕はまだ生きています。