「外科医の年末年始」-0544-

 入院患者がいる限り、当直医は必ず必要で、入院ベッドのあるような病院は大抵救急患者も随時受け入れる建て前なのです。コンビニのバイトのように、当直医がみつかるわけもなく、かといって、常勤医が二人とか三人しかいないような病院で、常勤医だけで毎日の当直はこなせません。本当は、もう少し病院の数を減らして、機能やベッドを集中させたほうが効率がいいのですけど。日本という国は、人口あたりの医者の数は決して先進国の中で少ないほうではないけれど、人口あたりの病院の数は圧倒的に多いのです。

 そうなると、大学病院のように、ある程度人数が多いところから、常勤医の少ない病院へ、バイトへ出かけるのです。外来をやったり、手術をやったり、回診をしたり、当直をしたり、検査をしたりと、様々な業務のバイトがあり、それぞれもとめられる能力も異なるのですが、こと外科医というのは、割と広く疾患に対応できるので、重宝がられます。

 そういったバイトのマネージメントは、最近では悪名高い「医局」で行っているのです。一般の人は、ブローカーのような悪いイメージを抱くのでしょうか。確かに一部で行きすぎた金銭の授受などがあったようですけど、根本的に、常勤医だけで病院をまわせないくらい病院が存在しているという問題を抱えている以上、こうした調整はどこかで必要なわけです。医局を通さずに院長一括とかそういう人事が期待されていますが、そもそも、この病院では内視鏡の技術が必要だとか、ここではエコーをするとか、ここは整形外科的疾患をオンコールなしで治療する必要があるとか、それぞれ特徴ある業務に対して、直接医局の医者を知らない人間がきちんと割り振れるわけもないのです。まあ、現行のシステムが最良とは思いませんけど、必要悪、か。

 バイト、という響きが金儲けを感じさせるので、きっとイメージ悪いのだと思いますが、僕ら別に金儲けたくてバイトにでかけているわけじゃないんですよ。いや、お金をたくさんくれるならそれに越したことはないですが。大学院に在籍していて、常勤医としての身分がないとか、研修医扱いできちんと給料計算されていないとか、そういう理由でもない限り、まあ幸いなことに、医者として真っ当に働いていれば、衣食住を確保できる収入は得られます。金儲けしたい医者もいるかも知れませんが、大多数は休みを休みとして使いたいのではないでしょうか。バイトは取り合いというよりは、押し付け合いというイメージ。

 そうは言っても、病棟医というものに真の休みというのはないのですけれど。結局受け持ち患者を持っている以上、病院が当直体制で動いていても、急変とか細かい指示についてなどは、主治医へ問い合わせがされたり、呼び出しがかかったりするものです。こと外科の場合、緊急手術ともなれば、何人かの医者が必要になるわけで、そういう意味では、コールの回数の違いこそあれ、医者は偉くなっても24時間オンコールです。

 話を戻しますが、まあ、そんなわけで、年末年始のような、全国的に休む人が多数派という時期は、僕らにとってはちょっと頭の痛い時期で、大学の人間で割り振る年末年始の当直表には、たくさん枠が書き込まれているのです。もちろん大学自体の当直も必要だし、専門のチームにわかれていれば、チームにひとりくらいは大学へ行くか、コールに対応できる状態でないといけないのです。外勤病院へでかければ、その病院の責任を負いますから、大学の患者はその間診られませんので。

 そういう建て前のもと、大学の医者が各地で泊まるわけですが、やはり偏りは生じ、大学に対応できる医者が極端に少ない日もあるのです。大学絡みの結婚式だとか、忘年会だとかがある日も似たような状態で、当直医以外はどこかで酒呑んでたりするので、そんな日の当直があたった日は、ただひたすら重症患者が出ないことを祈るのみです。

 他人様がうかれている時期に働いているので、うかれすぎたが故に体調壊したり、怪我したりして夜中に病院にやってるような人には勘弁してもらいたいところですが、それを胸のうちにしまうか、当直室の壁にぶつけるかして気持ちを切り替えて、満面の笑みをこころがけるのです。人はみなガラスの仮面をかぶっていると誰かが言っていました。

 ええと、皆様におかれましては、健康に留意して、よいお年をお迎え下さいますよう。暴飲暴食は控えて下さい。喧嘩する前に深呼吸して落ち着いて。ダメ、ゼッタイ、覚醒剤とシンナー。冬休みのしおりにしてみんなに配りますよ。健康第一。病気は予防が一番です。年末ずっと仕事で、外来に来る患者の半分以上は僕より軽症だと思います。僕にも健康を。