Sorry Works!

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 訴訟の国と言われるアメリカ合衆国でのお話。少し前までは医師たちは、医療事故を起こしても、決して認めない、謝らないことと教えられてきました。それが訴訟の原因になるからだ、と。そして現在、日本でも医療訴訟が増えるにつれて、同様のスタンスを教えられつつあります。医療訴訟に備えた保険の契約にも、そういったことが書いてあることが多いのです。しかしそれらは事実と異なっており、誠実に謝ることで、かえって訴訟は減ることがわかってきたようです。Sorry Works!という動き。
 ただ、以前も述べたかも知れませんが、アメリカという国は、背景に、割ときちんとした法整備を行っています。昨秋連邦議会に提出された法案では、連邦政府に患者安全医療品質局を設置し、医療ミス情報の集積や、救済の推進を行います。説明、開示と謝罪の義務も盛り込まれているが、その謝罪の内容が法廷において有罪証拠として採用されない条項を盛り込んでいます。
 これらは、「良きサマリア人法」のような考え方にも似通ったところがあります。応召義務のないアメリカにおいても、行き倒れの人が見捨てられないよりどころのような法律です。過去触れたことがあるので、再録しておきます。
 僕らの多くは、アメリカでは「合理的」を推し進めた結果、なんでも詳細な説明を行い、それにはずれたことはなんでも訴訟で解決するようなイメージを持っているような気がします。少なくとも、僕はそうです。実際、そういう点も多いと思いますし、医療現場のみ考えても、医者たちは、増え続ける訴訟と、高額な賠償金におびえています。そのため、医師賠償保険の掛け金は高額となります。たとえば、産婦人科医は、正常分娩年間何例まで保険適応、というような契約をするため、それを超えると患者を断るのだそうです。善意で診療し、「ほぼ安全」な分娩がうまくいかなかったときには破滅してしまうからです。そうして、保険金の負担に耐えられず、訴訟の多い地区や診療科は医師が敬遠し、診療を受けられる場所がなくなっていったのです。それに歯止めをかけようとする運動のひとつがSorry Works!です。
 日本の現状は、医療費の問題も、訴訟の問題も、アメリカの医療たどった悲惨な歴史を追いかけているようなところがあります。アメリカの何分の一の給料で、応召義務も抱え、休みなく働く医者がなんとか踏ん張っているけれど、これが破綻するのは時間の問題です。小児科や産婦人科はすでにほころび始めているのは周知のところです。これを解決するのは締め付けではありえないのです。給料とか休みの問題だけではなく、根本的なところ、心の問題とかそういうところで、僕らを守ってくれるような制度ができないものでしょうか。
 僕らが向き合うのはモノじゃなくて人間です。おんなじ医療をしても、良くなる人もいれば、残念ながら治らない人もいます。人が人を診るので、ミスは当然ありますが、よくならないのは、ミスということだけではありません。
 たとえば、手術後の合併症で容態が悪くなっていったような場合、もちろん、もっと上手い手術を行い、完璧な管理を行えば、違う道があったのかも知れませんが、手術で大事な血管を切ってしまったとか、使用すべき薬を間違えたとか、そういう重大なミスがなくても、悪くなるときは悪くなっていきます。そして、当然僕らは、患者や家族にそういったことを説明します。しかし、少なからず、「こんなに悪くなるのは、何か隠しているミスがあるんだろう」というようなことを言ってくる人がいます。
 受け持ちの患者さんの容態が悪くなっていくのに加え、本当に何か隠しているのならば打ち明けるという道があるものの、すべてを話しているのにうそつき呼ばわりさせるという二重の苦しみに打ちひしがれることもあります。無論、患者さんやその家族にとって、確率とかそんなことはどうでもよくて、悪くなってしまったという結果は受け入れがたいものであるし、そこに手術など、技術の差が出やすく、直接は患者さんたちの目に触れない部分がある以上、ミスを探したくなる気持ちはわからなくもないのですけれど。そうして、誠意が伝わらないというのは、僕の不徳の致すところでもあるので、相手を責めることなどできないのですけれど。しかし、辛い。僕も医者として5年も働いていると、辛い症例を何例も受け持っているし、そのたびにトラウマを抱えていきます。大酒のんだり、遊んだりしている瞬間に、ふと、過去の受け持ち患者さんやその家族が思い出され、言いようのない自己嫌悪を感じることもあります。バカな日記なんて書いているのをみられても、遺族はいい気持ちはしないと思いますし。匿名でサイトをするのには、そうした意味もあります。
 トラウマと肉体的疲労が蓄積すると、本気で退局や転科を考えます。時には医者自体を辞めることも割りと具体的に考えたりもするのです。そういう医者、少なくないと思いますが、いかがですか。