医師限定?

 医師限定の掲示板なのに、マスコミや一般人がそれを閲覧しているのはおかしい、という主張はまあ正しくはあるのでしょう。マスコミが、そういった場所に不正にアクセスし、記事を書くのは問題であるというのも間違ってはいません。しかし、ネット上での閉鎖空間なんて、よほどのセキュリティと人数制限が無い限り、まずあり得ないと思ったほうが良いというのは、それなりにネットについての知識を持っている人にとっては常識でもあります。ネット上に限らず、「ここだけの話」が容易にここだけの話では無くなるというのは、ありふれた話ですから、漏れることは想定しておかなくてはいけないと思います。
 例えばミクシィに代表されるような、閉鎖空間であったはずのソーシャルネットワーキングサービスも、会員を増やし続けた結果、閉鎖でもなんでもなくなってしまいました。14万人もの会員数が公表されているm3.comも、無論、閉鎖空間ではありえません。尤も、仮にそこが完全な閉鎖空間であったとしてもなお、品のない発言や暴言というのは褒められたものではありません。
 僕は、閉鎖した空間で医者たちが秘密の話をするならば、むしろ公開された空間での発言以上に気をつけるべきだと思うのです。その、本来は秘密の空間で、何らかの暴言が吐かれていたという事実は、その空間の外の人々に、負のイメージを与えるのに十分です。もし、ネット上の医師たちが、本気でネットを通して自らの「正しい主張」を一般人たちに伝えたいのであれば、そういうところでしっかり脇をしめるべきなのです。もともと公開されている空間はさておき、そうした秘密の空間からボロが出ないということが、正論を正論のイメージのまま伝えてくれるのです。
 もちろん、僕も医師ですので、医師がおかれている状況や、マスコミに一方的にバッシングされ続ける現状は理解していますし、それに対しての憤りも感じています。リスクを認めず権利ばかり主張する患者への意見や、不正確な情報を恣意的に切り貼りして、医療バッシングを煽るマスコミに対する反論など、同じ医師として大きく頷くものです。しかし、それでもなお、いくら正論であっても品のない、暴力的な発言を積極的に肯定する気になれません。これはネット上であるとか、オフラインであるとか、あるいは閉鎖空間なのか、公開された場なのかということを問いません。むしろ、閉鎖されているはずの空間でこそ、より気をつけるべきだというのは前述の通りです。
 ネット上の随所で、多くの医師や法律家が集い、活発な議論を繰り広げています。僕もいくつかそういったサイトやブログを巡回していますし、そこで多くの情報を得ています。それらはそれらで有意義ですが、しかし、そういった場所が、一般人へ「正しい主張」を伝える場にはなり得ないとも思っています。「正しい議論」が必要ないとは言いませんが、僕らの考える正しい医療へ世論を導くためには、「あざといくらいの努力」や「したたかさ」が必要だと思うのです。

 また、以前も書いたことがありますが、僕は今でも基本的に、患者さんが主張する医療への安全要求自体は、例えそれが過度であっても、医療従事者が安易に非難すべきではないと考えています。そうも言っていられない部分もありますし、僕自身が、過去に「安全要求への批判」を書いていたりもするのですが、安全要求自体は正常な願望ですし、それを強くバッシングしている限りは(それが医学的にどんなに正しいものであっても)、僕らの声は医師限定の空間の外へは届かないと思います。

ネット上の医師たち

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20060610#p2