医局人事

 先日、四月から働く予定の病院に種々の書類を持って行きがてらに、挨拶というか顔見せというかしてきました。心臓メインの病院の消化器外科、消化器内科がいないので恐らく消化器内科的役割も兼ねる、この地方では珍しくない立ち位置で、3人という小さな所帯です。全て、かつて一緒に働いたことがある人々であり、患者さんを全て一つのチームで受け持つという、僕にとっては非常に働きやすい環境であり、久々の常勤臨床復帰にはこの上ない環境です。

 大学では、僕の属するチームのチーフが栄転しそうな気配であり、喜ばしい一方で、医局において大きな仕事を担っていた人間が欠けることで、様々な混乱が予想されます。僕は順番的には大学に残ってチームの末端として働くべき立場なのかも知れませんが、学位の目処がついていなかったことなどから、忙しすぎる大学での臨床ではなく、比較的穏やかな環境で仕事ができる病院で働きながら、学位取得を目指しなさいという意味で人事が決定されました。しかし、その後論文がアクセプトされたことにより、今後学位審査などがあるものの、ほぼ学位取得は確実になりました。三ヶ月だけ在学を延長し、社会人大学院生として学籍を残し、六月に卒業する見込みです。

 大学の混乱が予想される中、大学病院には残らずにまんまと関連病院に出ていくことに若干の心苦しさを覚えないでもありません。正直、少なくとも一年くらいは大学で働くことを覚悟していなかったわけではないのですが、チームの後輩が大学で働くことを了承してくれていることや、僕自身が医局を離れることまで含めて進退を考えていたということもあり、今回はこの幸運な人事を噛み締めて、新しい病院へ赴こうと思っています。

 某所には僕の個人的な背景をいろいろ書いていますが、諸般の事情により東京の外来専門の医院で働くことも視野に入れていたのです。この気持ちは大学医局にも隠してはおらず、実際に学会の合間などに病院人事の人にお会いしたりもしています。大学院在学中、研究という慣れない環境にあったこと、医局内のゴタゴタ、大野病院事件の衝撃や、医療不信の風潮などに抑鬱的になることもありましたが、医局をいつ辞めてもいい、医師免許という資格をしたたかに利用して生きていけばいいんだと思ってから、相当に気分が軽くなった部分があります。新臨床研修制度というのが種々の問題を孕んでいることは確かですが、同時に、医局の嫌なしがらみの部分を相当に薄めてくれたことも確かで、僕が入局した頃には医局に属さないで働く医師はかなり特殊なものでしたが、今の時代、研修医が自由に飛び回る中、中堅の医師が医局を離れるということがそれほど珍しくはなくなり、医局を離れるにあたっての不安は相当に小さくなりました。何か一つのものに依存してしまうのではなく、様々な可能性を残しておこうと思っています。

 地の利、地縁というのは非常に大切なものです。血縁者が誰も住んでいないこの地も、もはや人生において一番長く住んだ土地となっていて、医療関係者に限らず、様々な人脈に恵まれています。その一方で、東京に行ったら行ったで、大学の同級生もたくさん働いているし、その他の友人たちとも会いやすくなるでしょう。裸一貫状況して独りぼっちという状況は避けられると思うので、そうした生活も可能性の一つとして考えています。

 僕の非常に個人的な事情による不自由さということをのぞけば、大学医局ともそこそこの関係を残しつつ、この地に住み続けるのが非常に楽といえば楽です。四月から働く病院では、心臓系の当直と一般当直という体制を敷いていたのが、心臓系以外の内科の撤退などによって一般当直が回せなくなり、元来心臓系に特化を目指した病院であるということもあって、僕は当直無しで働けるようです。もちろん、病棟は受け持つので、休日の回診とか夜間の呼び出しというのが全く無くなるわけではないですけれども、当直が無いというのは、睡眠障害に悩まされる今の僕にとって何よりも有り難いのです。もちろん、その病院にずっといられる保証はないのだけれども。

 また、医療崩壊とか医療不信が叫ばれるこんな時代だからこそ、逆に大学医局に属していることをしたたかに利用していくべきなのかも知れないと考えたりもしています。医局に守られていることがたくさんあるのだということは自覚しているのです。医局の不祥事とか、若い医師の扱いについてなど、医局に物申してきたということを何度か綴ったことがありました。ある件について、もしかするとおおごとになってしまうかも知れないようです。僕はこの件については、再三「もっときちんとした説明と対応を」というようなことを言ってきたのだけれども、それに対してはきちんと答えてもらっていません。しかし、ずるいようですが、僕はあくまでも医局とはしたたかに関わるつもりなので、医局に属するデメリットのほうがが大きくなれば辞めるという基本スタンスはかわりません。前述の如く、いつ辞めてもいいやと思うからこそ、非常に楽に関わっていけるようになりました。