絶対に手術ミスをしない外科医

 そんな人は空想の世界にしか存在しないんだけど、仮に手術中にどんなミスも絶対に犯さない医師がいたとして、その人は後進を育てることはできない。手術が上手くなるということは、手術中に起こるトラブルに対処する術をどれだけ知っているかということでもある。手術の上手い医師というのは、数え切れないミスを犯し、それに対処する術を身につけ、危険を察知して避けられるようになってきた人間であり、そうした自分の苦い経験を後身に伝えられる存在なのだ。標準的な術式だけしか頭に入っていない人が、一人では手術を完遂できないことがあるというのはそうした理由で、ここから出血した、あそこを傷つけた、ということへの対処こそが、標準術式をなぞるよりも難しいことなのだ。
 ミスというと、こと医療の分野においては許し難い悪行としてのイメージがひとり歩きしているけれども、ミスというのは起こるものだ。手術というのも、ミスを前提として、様々なトラブルシューティングが用意されている。最近はそうでもないけれども、一昔前の手術書には、標準術式は書いてあっても、その場面で気をつけるべきことや、気をつけながらもミスしてしまったばあいのリカバリーについての記述については乏しいことが多かった。上級医とともに手術を行って、直接指導してもらうことでしか身につけられない感覚というのもたくさんある。