平成二十一年

 明日の朝までオンコールです。拘束料の発生する待機ではなく、あくまでもボランティア待機なのですが、まあとにかく、これを乗り切れば僕の今年の仕事はおしまいです。待機はまあ、病院に24時間縛られていることを考えれば天国。年末年始に当直しなくていいというのは医者になって9年目にして初めてのことです。
 病院は24時間営業にすべきだとかいうことはしばしば言われます。正直、世間が連休に突入しても、入院患者が突然消えてなくなるわけでもなく、急患も発生してしまうので、休みで検査や手術への備えが不十分な体制の中、当直やらオンコールで縛られるよりは、病院がやっていてくれたほうが働く方としても楽です。それでしっかりシフト引いてきちんと休むというのが理想型といえば理想型。
 マンパワーも予算も全く足らないので、病院が24時間全く同じ体制をとるというのは不可能なのですが、まあ、仮に可能であったとしても、やはり夜の仕事というのは人間の体に相当な無理を生じさせます。救急対応はきちんとするとして、ただ単に平日昼間忙しいから、夜間や休日に受診したいというコンビニ受診の需要に病院が応えるというのには否定的で、受診が必要な時間をきちんと与える労働環境を整えることこそが必要なのだと考えています。コンビニもデパートも休み無く働いているんだから、役所も病院も休み無く働けというのは、みんなで仲良く重労働に身をおき、不幸になっていくパターンだと考えています。

24時間営業

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20070305#p1

 コンビニが当たり前になったことで、当然別の分野も昼夜問わず動き出します。大型店舗も深夜営業、24時間営業を行い、あらゆるサービス業がそれを追いかけていきます。僕らはそうして、24時間あらゆるサービスを受けられるような錯覚に陥らされたのと引き換えに、非人間的な時間にも働かなくてはならなくなったのです。

 24時間という非人間的な時間に慣れた僕らは、その非人間的な日常に鈍感になってしまいました。そうして、異常が日常になってしまいます。僕らは24時間、我慢せずにいつでも何でも手に入れられるというような少しの利便性のために、夜を夜として過ごすことを奪われてしまいました。正常な思考と正常な生活を奪われた奴隷になってしまったのです。

 おそらくごく一部の資産家がより裕福になるために、若者たちは今日も24時間働き続けています。子どもたちもまた、便利な奴隷になるために、今日も「異常」に慣れる訓練をかかしません。本当に、これが僕らが望んだ豊かな社会なのでしょうか?

 一昨年のエントリですが、僕はもちろん夜中も開いているコンビニやスーパーに助けられてきたわけですが、それでもやはり、非常に歪んだ状態だと思っています。特にヨーロッパの夜を体験すると、そういった思いを新たにします。

大学院卒業の目処がつきました/医学系大学院について

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20090226
 僕にとっての平成二十一年は、四年三ヶ月の長きに渡った大学院生活にピリオドを打ち、再び外科常勤医としての立場に戻る節目となる年でした。

四年ぶりの常勤医

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20090412#p1

 ここで確認したのは、やはり手術が好きだということと、夜間休日のお互いに余裕のないその場限りの関係でなく、外来→入院→手術と一貫して患者さんを受け持つことの安心感です。もちろん、患者さんを受け持つということには大きな責任も生じるし、ストレスである部分もあります。しかし、一回限りの関係に比べて、長い時間接することで、お互いに信頼感を育むことができます。やっぱり大学院時代のバイト当直の旅という生活は異常だったのだと思うし、相当に僕の心を蝕んでいたんだなと思います。

 久々の常勤生活で、外科の楽しさを少し思い出したのと同時に、今まで蓄積してきた様々な思いにとらわれて、今後進むべき道についていろいろ迷っているのも確かです。ただ、現在働いている病院は、今まで勤務してきた病院のように、野戦病院のような慌ただしさはあまり感じずにすんでおり、しかしながら手術症例はそれなりにあるので、かつてに比べて穏やかな気持ちで働けています。そんな中、我々の心を最も強い力でへし折るのは他の誰でもない同業者なんだろうなと、なんとなく考えているのです。

同業者

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20090912#p1

 野戦病院という環境を抜け出しただけで、別に窓際というわけではなく、コンスタントに患者さんを診て、毎週手術もこなしているわけで、外科医としてはもちろん現役でありながら、自分もかつておかれていたような劣悪な環境から一歩離れた場所にいるだけで、「野戦病院としての」現場の気持ちというのはもう全く抱けないのです。だからこそ、ただ医師免許を持っているだけで、まるでそうした前線の医師たちの気持ちが理解できているかのように振る舞いながら、自分だけは良識ぶった発言をするという行為は、本当にやめて頂きたいと思います。全く関係のない職種の方々から、誤解と偏見に満ちた発言をされるよりも、「同業者として」いわれのない批判をされるというのは、現場の人間の心を折るのに、これ以上ないことだと思っています。

 社会的には、政権交代という大きな動きがありました。僕はあまり政治や宗教の話を書きませんが、民主党が政権をとるということへの大きな不安から、衆院選の前に「支持しない」とはっきり書いています。正直僕の身の回りに民主党支持を言う人がほとんどいないのに、ああまで選挙で大勝し、圧倒的多数の議席をとったことが不思議で仕方がありませんでした。これが小選挙区制というものなのか、あるいは僕が世論とはあまりにも離れたところにいただけなのでしょうか。
 社会が安定せず、教育が崩壊し、貧困が連鎖するということを僕は常に恐れています。失業者が増え、貧困に起因するような犯罪が目立つような気がします。そんな中、待遇改善を叫ぶ医師たちは、もっと金をよこせと叫ぶ貪欲な権力者と思われてしまうのかも知れません。
 医師が劣悪な労働環境にあるのは間違いないと思うのですが、もっと劣悪な環境にいる人々が、「俺たちのほうがひどいのに、何わがまま言っているんだ」ということになってしまう。本来ならば、全体の環境を引き上げる方向へ持っていくべきであって、批判されるべきところは全く別のところにあるのだけれど、どういうわけだか、低い方へ平等にという意見がまかり通っているような気がします。
 ただ、この世情の中で、国際的に比較して医師の環境が云々という話は、市井の人々の耳に届きにくいことだと思っています。本来ならば、社会が手厚く保護し、守らなければならないインフラが、今現在劣悪な環境にいる自分たちに比べて恵まれているという理由でバッシングされ、バッシングされた側がそうした人々を憎悪するという悲惨な悪循環に陥っているのだと思います。
 最後に、昨年の今頃読んで感銘を受けた本について、再度リンクをはっておきます。

この世でいちばん大事な「カネ」の話

http://d.hatena.ne.jp/zaw/20081228#p1
 今年は、はてなにはあまり記事を書かずに、twitterでつぶやくことでほぼ満足しておりましたが、今年のしめくくりとして思うところを書いてみました。
 今年ネットや実生活で交流して頂きました方々、ありがとうございました。良い年末をお過ごし下さい。来年が素敵な年でありますよう。まずは自分の仕事を誠実にこなしていこうと思います。